焼き討ち(22話)

王国 ヴィットムントハーフェン航空基地  201Y/3/22 08:26 作戦室


「じゃあ、またね」
「そっちも」
 握っていた魔女の右手を離すと狂鳥は小さく敬礼する。魔女は優しく微笑みを返してその背中を見送った。
 狂鳥は機首にかけられたはしごを駆け上り、既に後席に収まっていたランクと二言三言会話して満足気に頷くと、自らも操縦席につく。
 こちらを振り返った狂鳥がもう一度大きく手を振り、魔女も手を振り返す。
 彼らには彼らの任務がある。押された戦線はそう簡単に元に戻せない。血と、闘志と、火力が必要だ。
 魔女は複座のライアーが空に上がり、見えなくなるまで静かに見送った。
――グッドラック、砂漠の狂鳥。
 魔女は踵を返して格納庫へと向かう。漆黒の髪がふわりと揺れ、毛先がかすかなエンジンの轟音に震えた。

 格納庫では、鷲が自己防御装置の取り付けを見上げていた。
「自己防御装置って聞いたが、意外とこじんまりとしてるな」
 ライアーの垂直尾翼に取り付けられた装置を見た鷲は意外そうな表情を浮かべる。
 真新しい青紫に塗られた細長い装置が明かり取りの窓から入ってきた弱々しい日光を鈍く反射している。
「なんでも夏からやる予定だったアップグレードを前倒ししたらしいです」
「それでこんなに早いのか」
 コンテナの上に置かれていた取り付けマ二ュアルを手にとった鷲は見覚えのあるロゴが表紙に印刷されていることに気づいた。
『Neo Universal Engineering』
「こいつは……NUE製なのか」
「えぇ、そうです。大尉、動作テストをお願いします」
――矛と盾を敵同士に売りつけるとは、わかってらっしゃる。
 大陸東部の故事成語を思い出した鷲は自嘲しながらはしごに足をかけた。
「いいぞ、いつでも始めてくれ」
 操縦席に収まった鷲は操縦桿とスロットルを軽く握る。
ECM、アクティブ防御、パッシブ防御の順にチェックします。自己防御システムをテストモードにセットしてください」
「セット」
 魔女の機体には既に取り付けが完了している。あとは鷲が動作確認をすればルドルフに戻れる。
 油の切れかかった扉の開く音が響き、鷲は音のした方に目を向けた。
「あとどれくらい掛かりそうですか?」
 既にフライトスーツを着込んだ魔女の背後でドアが重い音を立てながら閉まった。
「あと1時間もあればおわるさ。なんなら先に帰っててもいいぞ」
「か弱い女の子を一人で帰すんですか?」
 鷲の言葉に魔女は口を尖らせる。
「こっからルドルフまでなら安全なはずだぞ」
「じゃあなぜ私の機体に8本もAAMがぶら下がってるんでしょう?」
 愛機の翼の下に並ぶ対空ミサイルからぶら下がった安全ピンに目を向けた魔女が首を傾げる。射程外からの攻撃には撃ち返せないが、短射程のミサイルしかないよりは心強い。
「自衛用、らしいぞ」
「使わずに済むことを祈ってます」
 これまで二回も無人機に襲われている魔女の言葉は真に迫るものがあった。
「大尉、すべてのチェックが完了しました。確認してください」
「完全自動なのか、こいつは」
 感嘆と呆れの入り混じった表情で鷲はテスト完了の文字が浮かんだディスプレイに目を向けた。
「はい。必要な状況下で勝手に起動します。スイッチひとつでオンオフ可能です」
「まるで携帯電話の専用アクセサリーだな」


王国 防空司令部 201Y/3/22 11:29 


 最初の異変を捉えたのはすべてのレーダー情報を一元管理する空軍の防空司令部だった。
 地下深くに作られ、核攻撃にも耐えうるシェルターの中で数十人の士官が指示を出し、レーダーを監視し、情報収集にあたっている。
「大佐、ちょっと来てください」
「どうした?」
 レーダー担当の士官に呼び出された大佐が士官の元へ出向く。
「先ほど一瞬だけですがスカンジナビア半島方面へ飛行する機影を確認しました」
 レーダー士官はレーダー反応のあった位置を指で指し示す。
「機数は?」
「十数機の編隊が三グループです」
「大編隊じゃないか。エッシェよりグレッチャー、未確認機20機をそちらのセクターに認む、確認してくれ」
「こちらには何も写っていない」
 スカンジナビア半島方面を担当するレーダー基地が答える。
「グレッチャー、指向性を絞ってセクターD-3を再走査できるか?」
「了解した。再走査する。10秒待ってくれ」
 10秒後、データリンクで接続されたレーダー画面に複数の機影が浮かび上がる。小型のものが8、それから少し距離を置いて大型のものが4機。
「ルドルフ方面に飛行してるのか? すぐにハーゲン中将を呼び出せ!」
「大佐! グレッチャーからのレーダー情報が消失しました!」
 つい先程までデータを送信していたレーダーサイトとの接続が途切れ、中央の大スクリーンに表示されていたスカンジナビア半島のレーダー情報が暗転する
「管制機を上げろ。迎撃機を上げられるすべての基地に連絡するんだ!」
「りょ、了解」
 たじろぎながらも隣のレーダー士官が頷き、司令部に報告を始める。
「大佐、ルドルフへ飛行中の機体があります」
 レーダー情報をユトランド半島から北を監視するものに切り替えたレーダー士官が北上する二つの機影を指で示す。
「どこの隊だ?」
「224飛行隊のエコー1とエコー2です」
「呼び出せ」


「エコー隊、こちら防空司令部」
 突然空を管轄するトップからの呼び出しを受けて、鷲の思考が一瞬止まった。
「……エコー1だ、聞こえている」
「エコー隊、こちらのレーダーがルドルフ方面へ飛行する大編隊を捉えた」
「何ですって!」
 鷲のレシーバーから魔女の引きつった声が聞こえた。
「直ちにヴィットムントハーフェンへ引き返せ」
「了解……反転します」
 鷲は操縦桿を握り直し、機体を傾けて旋回を始める。
 だが、魔女は旋回する素振りすら見せずにそのままにルドルフへ向かう進路を維持している。
「エコー2、ヴィットムントハーフェンに向かえ」
「嫌です」
 魔女はきっぱりと鷲の命令を拒絶した。
「なに……?」
「私はルドルフを守ります」
ハヅキ中尉!」
 魔女は鷲の言葉に耳を傾けるどころか増速して離れてゆく。
「エコー2、こちらは防空司令部。命令に従い反転せよ」
「無線不調、ノイズが多く聞き取れません」
 魔女は増速し、一気に鷲を引き離す。


王国 ルドルフ空軍基地  201Y/3/22 10:26 管制塔


 本国へ向けて離陸する輸送機を送り出し、管制塔にいつものけだるい空気が戻ってきた。戦争は遥か南の話、ルドルフ基地は今日も平和だった。
「ん?」
 異変に気づいた管制官は司令室直通電話の受話器を取る。数回のコール音の後、繋がる音とともに声が聞こえた。
「私だ。何かあったか?」
「司令、レーダーに不審な影が」
 基地周辺の航空機を管制するためのレーダーの東南東の方角に不審な影があった。距離はおよそ100キロ、複数の影がある。こんな方向から飛んでくることは民間機にも王国空軍の機体にもありえない。ロンネビューや本国から飛んでくるならもっと東や南からのコースになるはずだ。
「グレッチャーからの報告はあったか?」
「いえ、ありません」
「確認しろ」
「グレッチャー、こちらルドルフタワー。こちらのレーダーが不審な機影を捉えた。そちらでは確認できるか?」
「グレッチャーからの応答がありません」
 グレッチャーからの最後の通信は輸送機の離陸確認を知らせるものだった。
「地上回線から呼び出せ!」
「了解……」
 管制官は開いている左手でテンキーにレーダーサイトの番号を入力し、接続する。
「どうだ?」
「だめです。不通です」
「様子がおかしい。守備隊を配置につかせろ。ゼーヴィントに離陸準備を……」
 司令が警報発令を指示しようとした時、衝撃が基地を揺らした。
「滑走路付近で爆発!」
 指差す先では滑走路の中ほどから土煙が上がっていた。灰色の影が飛び抜けていく。その翼には黄色く縁取られた赤い星が描かれている。
「警報を発令しろ!」
 けたたましいサイレンがフィヨルドに響く。
『空襲警報! 非戦闘員はシェルターへ避難せよ』
 待機室の長椅子で横になっていた黒猫が飛び起き、フライトスーツのジッパーをあげる。烏は両手に手袋をつけ、ヘルメットを被って立ち上がる。
「空襲だと? こんなところにか」
「上がるぞ」
「わかってる!」
 黒猫はヘルメットを引っ掴むと愛機の待つハンガーのドアを乱暴に開ける。
 灰色と黒色に塗られたゼーヴィントが波で静かに揺れている。翼の下には対空ミサイルが並び、タンクにはたっぷり燃料が詰まっている。


「市街地に避難命令を発令しろ、高射部隊も配置につけ」
 司令は携帯無線に切り替え、素早く指示を出しながら指揮所へ向かう。
「司令部との連絡はどうなってる」
「ダメです、応答がありません」
 管制官は首を横に振って答える。
「我々だけで守り抜くぞ。ゼーヴィントを上げろ! エコー隊、為すべきことはわかるな?」
「三分で上がれます。真上の敵機を追い払ってください」
 烏が無線で答える。
「三分だ、対空戦車は水上機格納庫を守れ」
「了解! 二号車出ます」
 格納庫から飛び出してきた自走対空砲が砲塔に取り付けられた35ミリ機関砲を空に向け、
数発間隔のバースト射撃を始める。
 滑走路に誘導爆弾を投下しようと近づいてきたMQ-99の尾翼が引き裂かれ、バランスを崩し
たコマのようにくるくると回りながら兵舎の裏に叩きつけられる。
「次、3時方向だ!」
「任せろ」
 砲手が照準を滑走路を破壊しようと接近してきた攻撃機に合わせ、トリガーを引く。いかに重装甲といえど、所詮航空機に施せる装甲には限界がある。空気取り入れ口から突っ込んだ榴弾が爆ぜ、吊るしていた爆弾ともども空中に特大の花火を生み出す。
「ヒューッ! あんなんが落ちてたら俺たち木っ端微塵だったな」
「ようし次だ、7時方向から小型機が接近」
捜索レーダーの捉えた機影に素早く砲塔が旋回し、機関砲の照準が重なる。


 二つの黒い影が瑠璃色の空に浮かぶ。ミハイルとヴォルコフの操縦するレイピアは、静かに成層圏に佇んでいる。微かなエンジン音を、シェスタコフ中尉の静かな声が遮った。
「奇襲成功です。誘導路および滑走路に着弾を確認しました」
「滑走路を封じるぞ。アウロラ発射」
「了解、アウロラ発射用意」
 レイピアの腹のウエポンベイが開き、3連装のラックに取り付けられたミサイルが姿を現す。
「発射」
 ミハイルは機械的に発射スイッチに乗せた親指に力を込めた。丸太のような白いミサイルが尾部のロケットモーターから白煙と炎を吹き出しながら三本、西の空へと放たれる。
「少佐、敵の自走対空砲により99とグラーチュに損害が発生しています」
 戦域をモニタリングしていたシェスタコフ中尉が報告する。
アウロラを落とされると厄介だ。手動でやれ、中尉」
「了解しました」
 シェスタコフ中尉はMQ-99のうちの一機をメインパネルから選択し、操縦系統をマニュアル
に切り替えて操縦桿を握る。
 正面のディスプレイに鮮明な映像が映し出される。今彼女の目の前にある景色はレイピアのものではなく、遙か150キロ先を飛んでいる無人機のカメラが捉えたものだ。
 基地のエプロンの中央に六角形のマークが表示され、時折その中心にある緑色の物体がチカチカと瞬く。
 カメラが素早くズームし、六角形の中央で機関砲を撃ちまくる自走対空砲を映し出す。
――ごめんね。
 シェスタコフ中尉は短く心のなかで謝り、トリガーを引いた。
 MQ-99の主翼下に吊るされた対戦車ミサイルが切り離され、白煙を吹き出して加速する。
「これで3機目だ! どっからでもかかってきやが……」
 車長の言葉と意識はそこで途切れた。
 対戦車ミサイルの直撃を受けた自走対空砲の砲塔が吹き飛び、黒煙と破片を噴き上げる。
「対空戦車がやられた!」
「くそっ、シュテルンはあるか?」
「ここにあります!」
 若い兵が分隊長に携行式の対空ミサイルランチャーを渡す。
 ロイヤル製の高速対空ミサイルを収めた円筒形の発射筒と、誘導用のレーザーを収める箱型の誘導ユニットがついただけの簡素なものだ。
 自走対空砲がなくなった今、基地を守れるのはこれと二機のゼーヴィントだけだ。
 格納庫の屋根を吹き飛ばした無人機に狙いを定め、トリガーを引いたとき、滑走路がまばゆい光に包まれた
「今度は何だ?」
アウロラだ、防毒マスク着用!」
 守備隊長の声に全員が腰のポーチからマスクを取り出す。


「機体よしエンジンよし兵装よし。行くぞ」
素早く各部をチェックした烏が静かにスロットルを前に倒す。
 倉庫に偽装された格納庫からゼーヴィントの機首が覗き、ついで小柄な機体が現れる。動翼がきちんと動作することを確認した黒猫もキャノピーを下ろしてロックする
エンジンが唸りをあげ、フロートが波を蹴散らす。
「クレーエ、離水」
「好き放題しやがって、許さねぇ。カッツェ、離水!」
 黒と灰色、二機のゼーヴィントがフラップを畳み、フロートを引き上げる。
 その灰色の翼の下には短射程ミサイルと中射程ミサイルが4本ずつ並ぶ。
「ルドルフタワーよりエコー隊、最優先目標は敵攻撃機。基地及び市街地防衛を最優先。爆撃を防げればそれでいい。ぐわっ!」
 管制塔を機銃弾の雨が叩き、ガラス片が嵐のように吹き荒れた。
「タワー、大丈夫か?」
「クッソ、こちらからの支援は無理だ。エコー隊は各自の判断で交戦せよ。幸運を祈る」
「了解ルドルフタワー」
管制官は右腕に突き刺さったガラス片を左手で引き抜くとマイクを下ろした。
「無事か?」
「あぁ、クソ……左脚が死ぬほど痛い。まだついてるよな?」
 太ももに窓を支えるアルミ製のフレームが突き刺さり、そこから赤黒い血が溢れだしている。
「ちゃんと二本付いてる。降りよう、ここで俺たちにできることは何もない」
管制官は同僚の左肩に手を回して立ち上がる。
「こんな時ハヅキ中尉とヘンシェル大尉がいてくれれば……」


「敵戦闘機、二機上がってきます」
「滑走路は封じたんじゃないのか」
 ミハイルが怪訝そうな声で聞き返す。
「水上戦闘機のようです、いかがされますか?」
「ジュラーヴリクに対処させろ。グラーチュには基地攻撃を優先させろ」
 ミハイルの指示をシェスタコフ中尉が基地上空の戦闘機隊に伝える。
「制空隊へ、敵迎撃機を排除してください」
「了解した」
 それまで周辺を警戒していた青と灰色と白色の三色の迷彩に塗られたジュラーヴリクが編隊を解く。
「321、127、援護してくれ」
「了解」
 隊長機に二機が続き、もう一機は編隊から距離を取る。
「相手は下駄履きが二機だ。たっぷりいたぶれ」
 ジュラーヴリクが主翼の下に並べたミサイルを切り離し、先行する烏の機体に狙いを定める。
レーダー警告がゼーヴィントの狭いコクピット内に鳴り響く。
 チャフをばら撒きながら左手前に操縦桿を引き、きつめのバレルロールでミサイルから逃れる。だが、そのミサイルは本命ではない。
 翼を30ミリ弾がかすめ、小柄なゼーヴィントの機体を揺らす。
「本命はそっちか!」
 編隊から離れた方のジュラーヴリクがいつのまにか後ろに回っていた。機体を左右に振って振り払おうとするが、フロートという枷のないジュラーヴリクのほうが圧倒的に有利だ。
――クソ、なぜ撃たない……
 敵のパイロットは時折機関砲でこちらの行く手を塞ぐが、ミサイルを発射することなくただ射界に捉えたままこちらにぴったりついてくる。残りの三機は周囲を大回りに旋回し、こちらの逃げ道を塞いでいる。
「カッツェ! こいつら完全に俺たちと遊んでやがる」
「あぁ、こっちもイカのバケモンに追い回されてる!」


 発射機を構えた守備隊長は爆撃でエプロンに出来たクレーターに身を隠しながら、敵機が無防備になる瞬間を待つ。
「頼むぞ、当たってくれ……」
 神に祈りを捧げてトリガーに指をかけ、灰色のゼーヴィントを追い回すジュラーヴリクに狙いを定め、人差し指に力を込めた。
マッチを擦るような軽い音と共に発射筒からミサイルが飛び出し、メインのロケットモーターに点火して勢い良く上昇する。
「252、後方からミサイルだ、回避しろ」
テールコーンの脇から盛大にフレアをまき散らしながら急旋回でかわそうとするが、ミサイルはフレアには脇目もふらずにジュラーヴリクへ突進する。
 レーザーで誘導されるロイヤル製のこのミサイルは、使い勝手はともかく妨害手段には強い。
 ミサイルの先端に取り付けられた三つの子弾が放たれ、その内の一発がジュラーヴリクの操縦席に座るパイロットを射抜き、一拍遅れて命中を感知した炸薬が破裂する。破片で引き裂かれた燃料タンクに火がつく。
「252がやられた」
 操縦者を失ったジュラーヴリクは炎上しながら落ちてゆく。
 仕切り直しはしたが、敵はまだこちらの数倍の手勢がある。二機のゼーヴィントは果敢に敵機に立ち向かったが、やがて烏の機体に火線が集中する。
「くそ、ダメか……カール! あとは……任せるぞ」
 烏のゼーヴィント主翼をMQ-99の機銃弾が撃ち抜き、構造材をめちゃくちゃに破壊する。主翼が呻くように軋み、自らの生み出す揚力に耐え切れず中程から折れた。数秒遅れて爆発音が基地に響いた。
「クレーエ! くそっ……」
 黒猫は海面すれすれを掠めるように飛びながら敵機から距離をとる。
「いいぜお前ら、まとめて相手してやる!」
 操縦桿を引いて急上昇し、そのまま半宙返りの頂点で機体を水平に戻す。
「いけ!」
 ミサイルを発射し、無人機の頭にぶち込む。
 ロックオン警告が鳴り、黒猫はチャフをばら撒きながら鋭く右斜め上に旋回する。
「もらった!」
 左へ避けようとしたジュラーヴリクの真後ろについた黒猫は電子音が高いトーンに変わると同時に発射ボタンにかけた指に力を込める。
 フレアを撒いて回避しようとしたジュラーヴリクの垂直尾翼がもがれ、水平に錐揉みをしながら落ちてゆく。
――あと何機だ。
 レーダーサイトや管制機によるバックアップがない以上、機体正面の限られた範囲しかレーダーでは探知できない。真上や後ろの警戒は自分の視力だけが頼りだ。
 機体を横倒しにして急旋回しようとした時、ノイズの中から聞き慣れた声が聞こえた。
「ヘクセより……そちらの……状況報告……」