北海の魔女

Die Adler(第31話)

北海 グレートブリテン島沖100マイル 201Y/5/16 08:49 FS-04 09-0716号機 "アドラー" 重い対艦ミサイルがなくなり、身軽になった水鳥は低い雲を見下ろしながら南西へと飛ぶ。 鷲は愛機の操縦席の背もたれに体を預け、ぼんやりと空を眺めていた。 時折聞こえ…

セイレーン作戦(第30話)

炎の壁の切れ間から現れた敵機の大群と、突然発生したレーダーの不調で共和国外周艦隊は大混乱に陥っていた。 艦隊から離れたところを飛んでいたミハイルの機には異常は生じなかったが、艦隊から送信されるレーダー情報が抜け落ちているため艦隊上空の様子が…

強行突破(第29話)

共和国 クビンカ基地 201Y/5/9 11:00 司令室 ミハイルは作戦計画書の最後の一行を読み終えると指揮官に返した。 「ギリオティーナ、断頭台か」 「そう、悪い王には身を引いてもらう時期だ」

最終防衛ライン(第28話)

ミュンヘンへの爆撃は王国側の戦意をくじくどころか、却ってハト派にも憎しみの感情を植えつけた。 勢いに乗る王国軍地上部隊は5月中旬にブレスト近郊で国境を超え、ミンスクを目指した。 対する共和国軍は残存戦力をミンスクに集結させ、王国軍を阻止しよう…

黒鯨(第27話)

北海 ルドルフ空軍基地沖150マイル 201Y/5/3 11:28 N2K3 15-0327号機 "カッツェ" 紺色のゼーヴィントが水切りのように断続的にフロートを海面に叩きつけ、飛沫を散らしながら海面を駆ける。 三つのフロートそれぞれに緩衝装置がついているとはいえ、設計限界…

Dump and burn(第26話)

王国 バイエルン州上空 201Y/4/30 0:58 NFX-26 263号機 ――無益だ。 一定のエンジン音を響かせながら南西へ飛行するレイピアの操縦席で、ミハイルはそう思った。 今回の任務は戦略的には全く価値のない、むしろレイピアを前線から引き抜くことを考えればむし…

REMOVE BEFORE FLIGHT(第25話)

王国 ホルツドルフ航空基地 201Y/4/16 17:59 作戦室 バルト海海戦以降、共和国軍の進撃は陰りを見せ、ポズナンとグダンスクを結ぶ線に王国軍は強固な防衛線を構築することができた。 またバルト海の安全が確保されたことで、海路を使ってのグダンスクへの補…

バルト海海戦(第24話)

共和国 クビンカ基地 201Y/3/27 18:46 54番格納庫 ミハイルは格納庫で呆然とネオユニバーサルエンジニアリングのロゴのプリントされたつなぎを着た男たちが愛機に群がり、修理と点検を行う様子を眺めていた。 ヴォルコフとレイピアが落とされた。しかもより…

ウィッチハント(第23話)

王国 ルドルフ空軍基地上空 201Y/3/22 14:13 FS-04 11-0109号機 "ヘクセ" 「ヘクセよりルドルフタワー、間もなくそちらの管制圏に入る。状況報告を」 「ルドルフタワー?」 基地からの応答はなく、無線からは微かなノイズ音だけが流れている。 「グレッチャ…

焼き討ち(22話)

王国 ヴィットムントハーフェン航空基地 201Y/3/22 08:26 作戦室 「じゃあ、またね」 「そっちも」 握っていた魔女の右手を離すと狂鳥は小さく敬礼する。魔女は優しく微笑みを返してその背中を見送った。 狂鳥は機首にかけられたはしごを駆け上り、既に後席…

置き土産(第21話)

王国 ワルシャワ近郊 201Y/3/21 15:02 FS-04 12-0326号機"ハンター" デジタル迷彩に塗られた二機のライアーが低空を飛びながら前線へと急ぐ。どちらも限界まで爆弾やミサイル、ガンポッドを搭載しさながら対地攻撃用の兵装の見本市といった出で立ちだ。 「エ…

ワルシャワ防衛戦(第20話)

王国 ワルシャワ近郊 201Y/3/21 12:16 開戦から96時間後、共和国軍は国境から150キロほど進軍、王国東端の要衝であるワルシャワを包囲しつつあったた。 ワルシャワ近郊の上空では昼夜を問わず王国と共和国の航空機が飛び交い、激しい鍔迫り合いを繰り広げて…

One bird, two heart.(19話)

中東 ルート砂漠 201Y/3/19 6:34 二日目の夜も同じように二人で腰を下ろして休むことになった。 会話の種はとっくに使い果たし、どちらが先に言い出すでもなく風化して柱のようになった岩の横に腰を下ろし、機械的に携帯食料を咀嚼して飲み込む。 それが終わ…

Dawn of the Red(第18話)

王国 ヴィットムントハーフェン航空基地 201Y/3/18 05:01 移動命令から12時間後、魔女と鷲は本国の航空基地のブリーフィングルームに他の基地から集められたパイロットと共に座っていた。 魔女はあくびを堪えて大きく息を吸い、所在無げに室内を見回す。見知…

老兵と鶴(第17話)

北海 ルドルフ空軍基地 201Y/3/18 11:30 パーテーションの中に、キーボードを打鍵する音が静かに響く。魔女は時折指を止めて特記事項を思い出しながら哨戒飛行の記録を作成してゆく。 こちらに近づいてくる足音に気付いた魔女がディスプレイから視線を上げ…

ハードランディング(第16話)

中東 アル・ラジフ空軍基地上空 201Y/3/18 13:08 FS-04 09-1164号機"サンダー" 国境付近の哨戒飛行を終えた2機のFS-04が基地へと帰ってゆく。 ランカスター少尉は今日も何事も無く終えられそうなことに安心して固い背もたれに背中を預ける。計器は愛機を構成…

カッコウの巣(第15話)

中東 201Y/3/14 12:56 共同訓練飛行場 晴天のもと、灰色に塗られた輸送機の腹へつぎつぎに荷物が運び込まれていく。破損した電子機器、オーバーホールの必要になったメンテナンス用機材などだ。 輸送用パレットを牽いた車両が輸送機の後ろに近づき、エンジン…

オーデル演習作戦(第14話)

北海 ルドルフ空軍基地 201Y/1/07 射撃場 鷲が操縦桿のトリガーを引くとFS-04の右ストレーキに収められた機関砲が重い発射音と共に曳光弾を吐き出す。 梯子を登ってきた整備長が鷲に顔を寄せる。 「どうだい?」 「まだ下にズレてるな」 鷲は標的に穿たれた…

魔女の休暇(第13話)

北海 ルドルフ空軍基地 201X/12/20 司令室 「休暇、ですか……」 魔女は司令に渡された休暇届けをじっと見つめる。 「そうだ、もう北極海は完全に凍結したし、隣の基地にオイレが配備されたからうちの基地はアラート待機から外された。しばらくは君たちにも楽…

暗黒大陸の怪鳥(第12話)

共和国 首都 201X/12/26 10:20 空軍司令部 共和国空軍のミハイル・サフォーノク大尉は空軍司令のオフィスの前に立ち、意を決するとドアをノックした。 「失礼します。352飛行隊、サフォーノク大尉です」 「入りたまえ」 ミハイルが敬礼すると年季の入った椅…

フィヨルド特急(第11話)

北海 ルドルフ空軍基地 201X/12/16 09:21 アラート待機室 待機室のベンチに座った魔女は時計の長針を睨みつける。先程目を向けた時から申し訳程度にだけ進んだ針の先を見て溜息をつく。アラート待機の魔女は命令が下され次第いつでも飛べるようここでじっと…

幕間(第10話)

北海 ルドルフ空軍基地 201X年/11/29 8:21 C格納庫 「おーおーなんだこりゃ。お上もずいぶん太っ腹だな。うちの可愛い子猫ちゃんの交換部品もオマケでついてきたんだろうな?」 格納庫の中央に鎮座する大柄な機体を見上げて黒猫が口を開く。機体は濃淡の灰色…

フリーフライト(第9話)

王都近郊 ファーンバラ航空基地 201X年/11/24 13:52 エプロンに降り立った鷲は汗で湿った手袋を外してフライトスーツのポケットにねじ込む。 描けられた梯子を登ってきた整備兵にヘルメットを渡すと大きく伸びをする。 「いっちょ絞られてくるとするよ」 整…

中東の狂鳥(第8話)

中東 201X年/11/20 15:35 FS-04 09-0596号機 "ハンター" 「ハンター、偵察から帰るドローンが移動中の敵車両を発見した。どうやら連中引越し中らしい。そちらから南へ10マイル。携帯SAMに警戒せよ」 「了解した、サンダー、バックアップを」 管制機からの指…

良いニュースと悪いニュース(第7話)

北海 ルドルフ飛行場 201X年/11/21 11:23 「さて、今週末には君たちには首都へ飛んでもらう」 会議室に集められた2人のパイロットは二重窓越しにエプロンで待機している飛行艇を一瞥する。カラフルに塗り分けられた救難機ではなく輸送用の地味な塗装に身を包…

火刑(第6話)

北海 ルドルフ飛行場 201X年/11/19 08:35 FS-04 11-0109号機 "ヘクセ" 「エンジン始動!」 魔女の声と共にFS-04の胴体下に据え付けられた二つの心臓が甲高い唸りを上げ、ジェット燃料を主菜に冷たく新鮮な空気をかきこみ始める。 「ん、いい音」 順調に上が…

鷲とマホウツカイ(第5話)

北海 ルドルフ飛行場 201X年/11/13 12:41 轟音と共に、3機のFS-04がルドルフ飛行場の上空を飛び抜けていく。武装は自衛用の短距離AAMと増槽、尾翼に鷲のマークをつけた一番機パイロットが口を開いた。 「アドラーよりルドルフタワー、210からアプローチ中、…

白い魔法(第4話)

北海 ルドルフ飛行場 201X年/10/30 6:41 「ん…」 魔女は目覚まし時計の電子音に顔をしかめ、手探りでアラームを止める。 目を開くと石膏ボードの貼られた白い天井が視界に入ってくる。 毛布は甘美な暖かさで魔女を誘惑するが、彼女は上体を起こしてそれを振…

魔女と使い魔(第3話)

北海 ビテン島沖 201X年/11/26 14:13 N2K1-r 03-8631号機 "カッツェ" 「ったく、なんであのドケチの共和国がコンボイ組んでんだよ。いい加減俺ァ待ちくたびれたぞ」 ゼーヴィント水上戦闘機の大きく貼り出したストレーキに腰掛けたまま短距離通信で二人の男…

お菓子の家(第2話)

北海 ルドルフ飛行場 201X年/11/13 10:28 FS-04 11-0109号機 "ヘクセ" 「グレッチャー、ヘクセだ。着陸誘導を」 「了解ヘクセ、ランウェイ15 ウインド230、10ノット 視程5マイル」 彼女は短く着陸許可を要請する。 フィヨルドの奥深く、切り立った崖の合間に…