カッコウの巣(第15話)


中東 201Y/3/14 12:56 共同訓練飛行場


 晴天のもと、灰色に塗られた輸送機の腹へつぎつぎに荷物が運び込まれていく。破損した電子機器、オーバーホールの必要になったメンテナンス用機材などだ。
 輸送用パレットを牽いた車両が輸送機の後ろに近づき、エンジンを切る。
「これで最後だ」
 パレットを牽いてきた将校が運転席から立ち上がり、荷物の重量と寸法を書き込んだ書類を荷役長に渡す。
 荷役長は機体の重量重心位置表と手渡された資料を見比べる。ふんと鼻を鳴らすと無精髭を掻きながら下っ端の兵を呼び出す。
「デカいな。重量は……うぇ、重心位置が狂っちまうな。ボロフ! こいつをファーストクラスにご案内だ」
元気の良い返事と共にまだ訓練生を終えたばかりと思しき若い兵が輸送機から出てきて荷役長から指示を受ける。
「確認した。本国まで我々が責任をもって届けよう」
「よろしく頼む」
 将校は貨物が運び込まれたことを確認すると帽子をかぶり直して踵を返した。
 すべての荷物を積み終えた輸送機の貨物室のが閉まり、地上にいた整備員たちが機体から離れる。
「576、滑走路へ向かえ」
「了解した」
 灰色に塗られた輸送機のターボファンエンジンが高鳴り、機体がゆっくりと動き始める。
 羽ばたきの練習をする若鳥のように共和国の国籍マークをつけた翼が地面の凹凸によって僅かに上下する。




 輸送機が飛び立って一時間ほどたった時、司令室のドアが荒々しく叩かれた。老年の司令は磨いていた勲章を化粧箱の中に仕舞い、顔を上げた。
「入りたまえ」
「同志大佐、大変です!」
 息を荒くした准尉の顔は不釣合なくらい真っ青になっている。
「どうした准尉、体調が悪いなら医務室に行きたまえ」
「報告致します、兵器庫の66番が空になっております!」
「なに、それは本当か?」
 司令が座り心地のいい椅子から立ち上がる。その勢いに耐え切れなかった椅子が大きな音を立てて倒れる。
「見回りの兵が見つけました。中身はカラです」
「当直の者は何をしていたんだ」
「それが、居眠りをしていたとかで……」
「すぐに本国に連絡をとれ。基地を完全封鎖して鼠一匹逃すな。さっき離陸した輸送機はどうしている? 管制塔に連絡して呼び戻すんだ。戦闘機で追跡しても構わん!」
「わ、ちゃ、わかりました!」
 ギクシャクした敬礼を准尉がするのとほぼ同時に司令の机の上に置かれた電話機が鳴り響く。
「このクソ忙しい時に!」
 司令は口汚く毒づきながら受話器を取り上げて顔に押し付ける
「私だ。大至急弾薬庫の……なに、輸送機が消息不明? 最後の連絡は?」
「あぁ……なんてことだ」
 目の前が真っ暗になった准尉はその場にがっくりと倒れこんだ。




中東 アル・ラジフ空軍基地 201Y/3/17 08:41


「ポーター2、ランウェイ25クリア」
 四発の大型輸送機が巨体をゆっくりと滑走路に下ろし、減速を終えて誘導路に入る。
 誘導路で滑走路への進入許可を待っていたライアーがブレーキを増速して滑走路に出る。
「ハンター、離陸を許可」
「了解」
 アフターバーナーの轟音と共に砂色の機体が加速し、砂埃を散らして滑走路を離れる。エンジンナセル横の張り出しに脚を引っ込め、くすんだ空色に塗られた腹を見せながら左旋回しつつ上昇してゆく。
 続く二番機も滑走路に入って管制官の指示を待つ。
「サンダー、離陸許可」
「了解。行きます」
 もう一機のライアーも離陸し、上空で旋回待機をしていた一番機と合流する。
「コンドル隊離陸。管制はヴァルチャーに引き継ぐ」
「了解ラジフタワー、コンドル隊、チャンネルは16のBだ」
「コピー、16B」
 狂鳥はサブディスプレイを操作して無線の周波数を指定されたものに変更する。
 彼らはこれから褐色の大地と切り立った岩山、雲ひとつない水色の空という殺風景な中でこれから数時間を過ごす予定になっている。
「コンドル隊、ウェイポイント1へ向かえ」
「ウェイポイント1、了解」


――本日も晴れ、敵影なし。
 操縦をオートパイロットに切り替えたランカスター少尉は周囲を見回し、レーダー上に機影がひとつだけ――前方数百メートルほどのところを飛んでいる一番機――だけであることを確認する。
「コンドル隊、間もなくウェイポイント1を通過」
 膝の透明ポケットに入れた地図とサブディスプレイの自機位置を見比べて管制機からの位置情報が正しいことを確認する。
「ウェイポイント2へ向かえ」
「コピィ、ウェイポイント2」
 機体を傾ける狂鳥に続き、ランカスター少尉も操縦桿に力をかける。希薄で乾燥した空気を右の補助翼が下へ押しやり、反動で機体を左に傾ける。
 刺すような陽光がコクピットに降り注ぎ、ランカスター少尉は計器盤に反射した日光に目を細める。
「ヴァルチャーよりコンドル隊、間もなくそちらのレーダーでドローンB-3とB-7が確認できるはずだ」
 管制機からの交信が入ると同時に電子音が鳴り、編隊の右前方に2つの機影が顕れる。
「ハンターよりヴァルチャー、ドローンの機影を確認」
「サンダーです、こちらでも確認しました」
 狂鳥もレーダーに捉えたのか管制機に返事を返す。
 つい先日、実質的に共和国の前哨基地と化している隣国の訓練基地から一機の輸送機が共和国本国へと飛び立ち、現地の武装勢力によって撃墜された。
 これだけなら稀に起こることで、不幸な偶然として処理されるはずである。
 だが、今回は共和国が異様に狼狽えている。まるで何かにとりつかれたように救援部隊と増援を墜落地点に送り込んでいる。
 大量破壊兵器が積まれている可能性があるとして、王国側も国境を超えて無人偵察機で情報収集に当たっている。もし仮に大量破壊兵器が積まれていたなら、国際社会からの非難は免れ得ないだろう。
「たかが輸送機に大げさなんだから」
「連中がドサクサに紛れてバカをやらかさんように、だ」
管制官が不機嫌そうな狂鳥をたしなめる。彼女が単調な哨戒任務よりも、生を実感できる近接航空支援を好んでいるのは基地では誰もが知っている。
今回の事件のせいで未だに反政府軍との抗争が絶えない中部から国境付近に割り振られたことに対して苛立ちを募らせている。
「ウェイポイント2通過。間もなくドローンとランデブー」
ランカスター少尉は機体を傾けて褐色の地面を探す。
――あぁ、いた。
全体を白く塗られ、翼に北極星の紋章を描かれたターボプロップ推進の無人偵察機が低空を基地目指して真っ直ぐに帰ってゆく。
「わたしの機体に爆弾と偵察ポッドを積ませてくれれば、あんなのよりもっと上手くやれるのに」
編隊間用の近距離通信で狂鳥が話しかけてくる。
「そんなことしたら戦争が始まるよ?」
「冗談だから」
「シャレにならないって」
――最初の一発を撃つ方にも、撃たれる方にもなりたくない。
前方を往く狂鳥は静かに空に浮かんでいる。
先ほどの言葉が冗談なのか、それとも彼女の本意なのかを確かめるには遠すぎた。


結局共和国側に大きな動きはなく、酷く退屈な数時間の後彼らは基地へと帰投した。
狂鳥はフライトスーツの上をはだけて小麦色に焼けた肌を乾燥した空気に晒す。
「はぁーあ、つまんないの」
「何にも無いならそれがいいよ」
「ホント日和見主義よねあんた。ま、いっか。飲み物買ってきて」
「はいはい」
ランカスター少尉は太陽の熱エネルギーをたっぷりと吸い込む黒髪をかき上げながら答えて購買へと足を向ける。
「おう、いつものジンジャエールだな。他には?」
「コーラをひとつ。決済はこいつで」
ランカスター少尉はポケットからIDカードを取り出して購買の端末にかざす。内蔵されたICチップの情報が読み取られ、電子音と共に会計が終わる。
「いい加減涼しくなってほしいよ。それかプールが欲しい」
地球温暖化は絶賛進行中だぜ。いっそ丸坊主とかにしたらどうだ?」
「反射が眩しいって言われて尻に37ミリを叩き込まれたりして」
リーデル中尉ならやりかねん」
苦笑しながらレジ係からコーラとジンジャエールの缶を手に取り、ランカスター少尉は購買を後にした。


「はい、コーラ」
「ん、ありがと」
 ランカスター少尉は仰々しく言葉を返して狂鳥の隣に座り、買ってきた炭酸飲料のタブを起こす。
 軽い音と共にあふれた泡が缶の上縁に溢れ、缶に口につけて傾ける。生姜のエキスを溶かし込んだ炭酸水が乾いた口内を泡立ちながら進撃する。
「くぅー、やっぱり飛んだあとは美味い」
 空を仰ぐと、雲ひとつない空を無人偵察機が低くかすめるように飛び立っていった。
「あれ、またドローン上げるんだ」
「いくら何でも飛ばし過ぎじゃない? 整備クルーが熱中症でぶっ倒れそう」
 そう言うと狂鳥はコーラを飲み干して握りつぶす。
「ただの輸送機一機でそこまで騒ぐとは思えないけどなぁ」
「バカね、76型に何トンの貨物が積めると思ってるの? あんたの大好きな500ポンドレーザー誘導爆弾なら170発以上、わたしの大好きな37ミリ徹甲弾なら4桁はいける」
「弾頭が500ポンドでも誘導装置とかがつくから実際はもっと積める数減るよ?」
 冷静に間違いを指摘され、狂鳥の顔がコーラのイメージカラーのように赤くなる。
「それくらい誤差でしょ男のくせにうっさいわね!」
「いてぇ!」
 空き缶がランクの頭を直撃し、かーんと気持ちのいい音を立てる。
「なんだ、また夫婦喧嘩か」
『違うっ!』
 通りがかった兵にからかわれ、同時に否定する。
「デュエットしたぞ」
「息ぴったりだな」
 狂鳥と顔を見合わせたランカスター少尉は「しまった」という表情になる。そして次に起こることが何かを理解し、運命を受け入れることにした。
 透き通った瞳に怒りの炎を宿した狂鳥が大きく右手を振り上げる。
――世の中は、不条理な不幸に満ちている。特にこのアル・ラジフ基地では……
風切り音を立てて狂鳥の手のひらが近づく。回避は間に合わない。


その後、ランカスター少尉が左頬に真っ赤な手形をつけて部屋に戻っていったのは言うまでもない。