フィヨルド特急(第11話)


北海 ルドルフ空軍基地 201X/12/16 09:21 アラート待機室


待機室のベンチに座った魔女は時計の長針を睨みつける。先程目を向けた時から申し訳程度にだけ進んだ針の先を見て溜息をつく。アラート待機の魔女は命令が下され次第いつでも飛べるようここでじっと待っていなければならない。
「グレッチャーよりルドルフタワー、レーダーコンタクト。そちらから北北西に200マイル地点に機影あり。大型の機影2。繰り返す、大型の機影3」
レーダー施設からの入電が静寂を破る。
「了解グレッチャー、224がインターセプトに上がる」
管制塔がそれに答え、魔女はベンチから腰を上げてフライトジャケットのジッパーを上げる。
「聞こえたな、中尉。フィヨルド特急だ」
右耳のインカムから正式な指示が下る。
「もちろん。いい暇つぶしね」
答え終わった魔女は駆け足で愛機に向かう。真新しい紫色の機体は高圧コンプッサーに繋がれて出番を待っている。
「始動!」
二つのエンジンが唸りを上げる。独特の低いエンジン音が格納庫内に響き渡り、タービンブレードが冷たい空気を灼熱の奔流に変えて吐き出す。
「操縦系、エンジン、兵装、航法……準備よし!」
チェックとは言ってもすでに一通りのことは済ませてあるので表示を確認するだけだ。
「離れー!」
機体の周りに最後まで残っていた整備兵が機体から離れ、エンジンの排気に吹き飛ばされないよう耐ブラスト姿勢を取る。
「ヘクセ、ランウェイクリア。いつでも離陸可能。離陸後はグレッチャーの指示に従え」
スロットルを軽く倒して誘導路へ、
「了解」
すでに許可は降りている。滑走路端で止まることなく軸線を合わせた魔女はスロットルを最大まで叩き込む。
ファンブレードが水分もろとも大気を掻きこみ、車輪が滑走路の細かな凸凹を増幅して魔女の体を揺らす。ふいに振動が消失し、腰を突き上げられるのを感じる。
「ヘクセ、テイクオフ」
赤紫の排気炎を引きながら雪のちらつく空へと魔女が舞い上がる。
フラップとギアを引きこんで一気に機首を上げながら針路を北西に取る
エンジンの推力と大面積の主翼の生み出す揚力がFS-04をより高みへと引き上げてゆく。
軽い振動と共に視界が真っ白に染まる。雲に突っ込んだのだ。白く美しい幻想的な雲の中の世界は平衡感覚を失わせる地獄の入口でもある。
魔女は計器から上昇率と速度、そして機体が水平であることを確認してそのまま上昇を続ける。
再び振動。今度は前方が青一色に染まり、眼下に白い雲海が広がる。魔女は首と目を動かして周囲を確認する。
「よし、クリア」
ゆっくりと操縦桿にけていた力を緩めて機首を水平に戻す。
機軸の延長が空と雲の境界に重なったところで舵を中立に戻す。魔女はサブパネルを操作して巡航モードにセットする。フライトコンピュータが機体の傾きと重量バランスを検知して最適な巡航速度と角度にセットする。
魔女が静かに眼を閉じる間にその処理は終わり、電子音と共にメインディスプレイに
『巡航モード:オン』
と表示される。
これであとは操縦桿から手を離そうが居眠りをしようが燃料が切れるまでこの機体は飛び続ける。
魔女はレーダー表示に目を向ける。目標までの距離は160マイル。
機内にはエンジン音と微かな無線からのノイズのみ。
静寂の青と白だけの世界。軽量合金の翼がその中を切り裂き、翼端渦が置き土産とばかりに引き裂かれた空気をかき回す。


青い空にキラリと光る点が三つ。これが流れ星や一番星ならば風情もあるが、その正体は鉛筆のように細い胴体にこれまた細長い後退翼を取り付けた野暮ったい銀色のジュラルミンがむき出しの、"熊"と呼ばれる重爆撃機だ。
細長い主翼に張り付いたターボプロップエンジンを元気いっぱいに吹かして仲良く翼を並べて空のお散歩をしている。
もちろん飛んでいるだけなら何も文句は言わないのだが、時折人様の庭に忍び込んだりスキあらば盗撮をしようとする厄介な獣なのでこうして追い出しに駆り出されるわけだ。
「不明機を肉眼で確認、これより無線で呼びかけます」
誘導を行うレーダーサイトに報告を入れ、魔女はスロットルを押しこんで機体を増速させて熊の群れに接近する。細長いシルエットが大きくなり、所々から不恰好に飛び出したアンテナやフェアリングが飛び出しているのが見える。
主翼付け根付近には電子偵察ポッドか新型の増槽だろうか、大きな三角の安定翼のついた装備をぶら下げている。
「こちらは王国空軍所属機です、貴機は我が国の領空に接近しつつあります。直ちに当機の指揮下に入り、変針してください」
オープンな周波数で呼びかけるが応答はない。
「繰り返します、直ちにこちらの指示に従い転進して下さい。貴機は我が国の領空を……っ!?」
言葉が出るよりも先に身体が反応していた。
敵機の胴体の最後尾についた小さな尻尾、といえば聞こえはいいが実際は機関砲――がこちらを向いていた。
その砲口から23ミリ砲弾が吐き出されるよりも早く魔女は機体を横滑りさせて回避する。
「ヘクセよりグレッチャー、敵機から攻撃を受けた!」
こちらに向けて撃ってきた以上、もう不明機ではない。敵機だ。
「グレッチャー! 応答を!」
だが無線からは酷いノイズが流れるばかりで応答はない。
――ジャミング
訓練や教本で教わったことはあるが、実際に受けるのは初めてだった。
素早く武装を選択し増槽を切り捨てる。マスターアームオン。
電子音と共に武器がロック状態から発射可能状態を示す緑色に変わる。
魔女がうろたえているうちに爆撃機主翼下に吊るしていた荷物を切り離す。切り離された物体はそれまで折りたたんでいた部分を広げて本来の姿に戻る。
灰色のボディ、切り刻まれた三角翼に小さな安定翼、そして尾翼は異様に潰れた形状をしている。
扁平な外見はイカのようだが、ミサイルにしては機首がいびつな形に盛り上がり、深海魚のような面構えだ。
「敵爆撃機が何かを分離、おそらくは無人機」
この声が届かないことは分かっている。だがもし自分が墜とされたとしてもフライトレコーダーが無事ならばこのことを味方に伝えられる。
さきほどこちらに向けて銃撃してきた爆撃機をロックオンし、短射程ミサイルを放つ。
だが、3機編隊の全機が示し合わせたようにフレアを放出し、ミサイルはそちらに引きつけられる。
身軽になった熊の群れは雄大な旋回を描いて反転してゆく。
切り離された無人機はターボジェットエンジンに火を灯し、緩降下して増速しながら散開する。



「ルドルフタワー、ヘクセとの通信が途絶えた。当該空域よりジャミング波を確認」
レーダーサイトからの報告に管制官が答え、視線を滑走路端で待機する鷲に向ける。
「了解。今二次待機機体が上がる」
素早く空域がクリアであることを確認する。
アドラー、離陸を許可する」
鷲はスロットルを一杯まで前に倒し、アフターバーナーに点火する。高温のジェット排気に燃料が噴きかけられ、爆発的な推力が機体を前に押し出す。
「了解ルドルフタワー」
鷲は轟音とジェット燃料の焼ける匂いを滑走路に残して飛び上がる。曇天の空に紫色の翼が溶ける。
――待ってろよ、今助けに行くからな。
鷲は心のなかでそう声をかけると操縦桿を握る手に力を込めた。
アドラー、テイクオフ」
静かにコールした鷲は北の空を睨んだ。



――なんていやらしいイカなんだろう。
心のなかでそう毒づきながら魔女は機体を捻る。数瞬前まで彼女のいた空間を曳光弾が通り抜ける。
1対6。さらに敵は数を活かしてこちらの逃げ道をふさぎつつ包囲を狭めてくる。
魔女は浅い呼吸のうちに時折深呼吸を混ぜて冷静さを保つ。エネルギー損失が最小になるようコーナー速度で旋回して無人機を引き離すが、上空を抑えていた機体が位置エネルギーを運動エネルギーにけて魔女の行く手を阻む。
「……セ、聞こえるか、応答しろ!ハヅキ中尉!」
ノイズを流しているだけの無線から鷲の声が聞こえる。
「隊長!」
「繋がったか! 備えあれば憂いなしってやつだな」
鷲はサブディスプレイに表示された通信状態を示すインジケーターを見て確認する。
その胴体中央には白い電子戦ポッドが積まれている。電子の傘が魔女を妨害電波の雨から覆い隠す。
アドラーよりグレッチャー、こちらのECCMにより通信回復した」
「ヘクセ、状況報告を」
ようやく味方の声が聞こえて魔女は人心地つく。
「敵機が無人機を射出、交戦中」
魔女は簡単に状況を報告し、すぐに意識を周辺警戒に向ける。視界の右端に見えたイカを回避し、牽制に撃ち込まれたミサイルにフレアを放出して対処する。
「了解。アドラー、到着予想は?」
「全速で向かってる。あと少し持ちこたえろ」
鷲の声に魔女が答える。
「あんまり待たせないでくださいね」
言い終わるやいなや素早く右に機体を滑らせて機銃を回避する。先程からレーダー警告が鳴り止まない。
無人機は魔女の針路に機銃を打ち込んで進路を塞ぐ。その断続的な発射音さえ気味の悪い笑い声に聞こえる。
敵の機体そのものもいつぞやの三角定規とは比べものにならないほど素早い。カナードを盛んに動かしてこちらに食らいついてくる。
だがそれ以上に行動が格段に賢くなっている。集団で狩りをする肉食動物のように逃げ道をふさいでじわじわと追い詰めて来る。
「待たせたな。俺も七面鳥撃ちに混ぜろ。アドラー、FOX3」
鷲が中距離ミサイルを切り離す。2本の白煙が青空に軌跡を描く。
魔女の上を押さえ込んでいた一機がが火球に包まれ、もう一機は破片に主翼をずたずたに引き裂かれて堕ちてゆく。
魔女は包囲の隙間を見つけるとアフターバーナーに点火して上昇し、高度を取る。
「援護に感謝します」
鷲に礼を言うと魔女も攻撃に転じる。鷲に気づいて旋回しようとした無人機が目の前に飛び出す。この距離ではミサイルは間に合わない。
「ガンズ! ガンズ!」
躊躇なく操縦桿のトリガーを引いて機関砲を浴びせかける。エンジンを直撃した榴弾が炸裂し、腐食防止加工を施されただけのセミモノコック構造が文字通り木っ端微塵に吹き飛ぶ。
燃える複合材の破片が魔女の機体の右主翼に当たって乾いた音を立てる。
「ナイスキル、ヘクセ。後ろの奴は任せろ。アドラー、FOX2!」
すでに敵を捉えていた短射程ミサイルが安定翼をひくつかせながら魔女を追う無人機に突き刺さる。扁平な尾翼を撃ちぬいたところで近接信管が作動し、爆炎が燃料に引火する。
「グレッチャーよりヘクセ、アドラーこちらでも撃墜を確認。残り二機」
「ダブルスだな、このまま畳み掛ける」
魔女は機体を緩やかに上昇させ、目の前に打ち込まれる機銃を回避しつつ高度を取る。機体を左周りに裏返し、こちらを見失った灰色のイカ目がけて最後の短射程ミサイルを撃ちこむ。
「FOX2! FOX2!」
無人機がフレアを射出するよりも早くミサイルの磁気センサーがエンジンとフレームの金属を検出し、破片と爆風を解き放つ。
「これでマッチポイント!」
鷲の冗談に付き合う気になったのか、魔女もスコアをコールする。
「デュースは嫌いだ。ストレートに勝とう」
鷲が最後の一機目がけて増速する。
アドラー、ガンズ」
照準と敵機が重なり、鷲は静かにトリガーを絞った。
一斉射。灰色のイカの頭蓋を徹甲弾が撃ちぬく。中に詰まった基板やコンデンサがぱらぱらと銃創から零れ、ぐらりと翼が左に傾く。制御系を撃ちぬかれた機体は錐揉みを始める。
「グレッチャー、敵無人戦闘機は全機撃墜だ」
部品をまき散らしながら堕ちてゆく敵機を見送った鷲は機体を水平に戻す。
魔女がその左後ろの位置についた。
「了解した。アドラー、ヘクセは帰投せよ」
「RTB」
短くコールした魔女はバイザーをあげると額についた汗を拭った。


「クレーエ、カッツェ、両機共に離水しました」
ルドルフ管制塔からの報告にレーダーサイトから指示が下る。
「了解。グレッチャーよりクレーエ、カッツェ、二人はもう大丈夫だ。そのまま北上して敵爆撃機を追跡しろ」
「コピィ、グレッチャー」
烏は巨大なフロートを格納するとフラップを畳み、黒猫がそれに続く。濃灰と漆黒に塗られたゼーヴィントが上昇する。二機の飛び去ったあとにはフロートからこぼれ散った水滴が小さな虹をかけていた。
「敵編隊は北東へ逃走中。東北東に変針して先回りしろ」
「了解!」
白い海面から異形の水上戦闘機が浮かび上がり、僅かに機体を右に傾ける。雲海に映る2つの星型の影が少し縮み、再び元に戻る。


帰投早々に基地司令に呼び出しを食らった二人のパイロットは飛行服のまま司令に敬礼する。
「おかえり、ヘンシェル大尉、ハヅキ中尉」
司令は二人に敬礼を返すと腰をおろす。年季の入った椅子が軋みを上げる。
ハヅキ中尉、君はよっぽど無人機に好かれているな」
半分呆れ顔で司令が切り出す。
「あの無人機は以前のものとは比べ物になりません」
「以前……10月末のだな」
引き出しを開けた司令が書類の一束を取り出して鷲に渡す。
魔女は3枚目に写った自機のガンカメラが捉えた三角定規の写真を一瞥すると顔を上げる。
「これとは明らかに違うタイプです」
「私が交戦したのはこれではありません。ところで司令、これは単純な疑問なのですが」
鷲は斜め読みした資料を司令に手渡す。
「なんだね?」
無人機はスコアにカウントされるんでしょうか」
「上に聞いてみよう」
「よろしくお願いします」
礼を言い終わると鷲は丁寧な敬礼をして部屋を退出していった。
「君は行かないのかね」
「いえ、あの二人はどうしているかと思いまして」
この二人は水上機乗りたちのことを指している。今頃は不届き者たちの尻を追いかけているはずだ。
「大丈夫、彼らならそうそうヘマをやらないさ」
「だといいのですけれど」
魔女は一礼して司令室を後にする。その後姿を見送った司令はポケットからタバコとジッポーを取り出す。
「むぅ……」
唸りながら空の箱を握りつぶすとゴミ箱目がけて放り投げる。ゴミ箱の縁に当たって弾かれた空箱が床の上に乾いた音を立てて転がった。



「ここにいたか」
魔女が食堂の真ん中で遅めの昼食をつついていると書類ケースを抱えた鷲が声をかけてきた。魔女は静かにトレーを左にずらして場所を開ける。先ほどまでスープが湯気を立てていた空間に分厚いカタログが置かれる。
「何ですか、それ」
つけ合わせの野菜を飲み込んだ魔女が首を傾げる。
「みんな大好きネオ・ユニバーサル・エンジニアリングの軍向けカタログだ」
魔女は微かに眉を寄せるが、再びいつもの表情に戻る。
無人戦闘航空機……ここだな」
鷲はカタログの目次を確認してページをめくる。はらはらと捲れるページの作る風がスープに波を立てる。フォークでスパゲッティの最後の一口を頬張った魔女が横から覗き込む。
「あった。お前が前にやりあったのはこれだな」
鷲は灰色の三角形を指さす。
『MQ-88』
魔女は無機質な書体で機体の概要と特徴が淡々と書かれているページを眺める。価格とコストパフォーマンスが売りらしいことがわかる。だが数を出したところで優秀な有人戦闘機には勝てない。前回の一戦で魔女と烏、そして黒猫はそれを証明している。
純粋な戦闘機ではないゼーヴィントやFS-04でも勝てる相手だ、まして最強と謳われる王国軍の主力制空戦闘機に勝てるはずもない。
「んで、こいつがさっきのだな」
何枚かページを捲った鷲が先ほどやりあったのと同型の無人機の図面を指さす。こちらは細身の胴体から三角形のカナード翼と歪なデルタ翼が生えており、いかにも機動性を追求しているように見える。
型番から新型だということはなんとなく分かるが、詳細についての記述は少ない。
『MQX-99 現在開発中』
とだけ書かれている。
「私たち、からかわれてたのね」
魔女は露骨に不快感を示し、口を曲げた。
「もしくはていのいいモルモットだな」
苦い顔をしながら鷲が椅子の背もたれに体を預ける。魔女は微温くなった紅茶を思い出したように流し込む。
「うちの上層部にも無人機入れてくれって頭下げて思い出してみるか」
おどけた調子で鷲が提案するが魔女は静かに首を横に振る。
「冗談でも笑えません」
魔女はカップの底に堆積した渋みの濃い部分を飲み干した。


北海 201X/12/16 14:37



その頃二機のゼーヴィントは10キロ程の距離をとって不明機を追跡していた。水上機のハンデを差し引いてもジェット戦闘機とプロペラ重爆撃機では十分追いつける距離だ。
ゼーヴィントの機首に据え付けられたレーダーが反射波を捉え、警告音と共にディスプレイに表示する。
「レーダー反応、前方120マイル、機数2。中型」
烏は淡々と状況を報告する。
「まさかチンピラ追っかけてマフィアが出てくるとはおっかない世の中だねぇ」
黒猫は軽口で返す。もちろんこのチンピラは爆撃機のことを指している。
「グレッチャーよりクレーエ、カッツェ。接触があるまでそのまま追跡を継続せよ」
空域を監視するレーダーサイトから指示が下る。
「了解」
黒猫は頷くと意識を周辺警戒に向けた。ここまで共和国に近い空域を飛ぶのは初めての経験だった。だいぶ薄くなった雲の切れ間から冷たい海が広がっているのが見えた。
「こちらは共和国防空軍所属機である。貴機は我が国の領空に接近しつつある。所属を明らかにせよ」
国際周波数で共和国訛りの紳士的な通信が入る。
「だとよ、カラスさん」
黒猫は王国空軍の周波数で烏に振る。自分は黙っているつもりらしい。
「こちらは王国空軍所属機である。警告に感謝する……帰投するぞ」
「おいおい、いいのかよ」
「共和国のインターセプトが来たんだ。ここで暴れてみろ。下手すりゃ俺たちゃ戦争の引き金だ。方位220に転針する」
烏が翼を傾け、黒猫がそれに従う。
「コピー、方位220」
翼端から淡い飛行機雲を引きながら二機の星型の戦闘機は帰るべき場所へと戻ってゆく。


流れるようなフォルムをした大型戦闘機はレーダー上で遠ざかっていく二つの輝点を見送ると大きな主翼を翻して反転する。並んだ中型ミサイルが日光に照らされて白い姿を表すが、再び主翼の影に隠れる。
「任務完了。偵察機は我が国の領空に戻った。帰投するぞシェスタコフ少尉」
「了解。帰投します」
二機の"ジュラーヴリク"と呼ばれる戦闘機は胴体下の二つのエンジンで冷たい高空の空気を灼熱のジェット排気に変えつつゼーヴィントと同じく基地へと帰ってゆく。
その主翼には黄色くふちどられた赤い星――共和国防空軍のマークが描かれていた。