REMOVE BEFORE FLIGHT(第25話)

王国 ホルツドルフ航空基地 201Y/4/16 17:59 作戦室 


バルト海海戦以降、共和国軍の進撃は陰りを見せ、ポズナンとグダンスクを結ぶ線に王国軍は強固な防衛線を構築することができた。
またバルト海の安全が確保されたことで、海路を使ってのグダンスクへの補給も可能になった。
グダンスクの王国軍は包囲を突破し、北部の友軍と合流し戦力を再編、徐々にだが着実に共和国軍を押し返しつつあった。
王国軍が失地を回復し、共和国軍を押し戻すにあたって厄介なものが一つあった。
ワルシャワ新市街にある共和国軍司令部の長距離ジャマーである。これは王国軍の精密誘導兵器を妨害し、レーダー索敵にも大きな影響を与えていた。
何重にも施された防空網の突破は難しく、これまでに三回試みられた攻撃作戦は全て失敗に終わっていた。

この目の上のたんこぶを叩きのめすため、ついに陸軍特殊部隊が召喚された。
「紹介しよう、KSK第4レンジャー中隊のアイヒマン大尉だ」
「空軍の諸君、よろしく頼む」
アイヒマン大尉は狂鳥やランクよりも一回りは年上に見え、がっしりした体にデジタル迷彩の戦闘服を身に着け、頬には深い傷跡が刻まれていた。
「では作戦を説明しよう」
作戦室のスクリーンに作戦の概略を描いた地図が映し出され、今回の作戦にあたる全員の視線が向けられた。
「目標はワルシャワ中央庁舎にある共和国軍南部方面司令部の強襲とその屋上に設置された長距離ジャマーの破壊だ」
青い矢印が赤い旗のマークに伸び、遅れてやってきた緑の矢印が赤い旗のマークに重なる。
「まずKSKの第一小隊が敵の防空網に穴を開け、ヴァンキッシャーによる電子妨害のもとライアー五機からなる陽動部隊がワルシャワに突入、周辺の脅威を排除する」
地図が広域を写した衛星写真になり、ワルシャワ周辺に配置された共和国軍の防空網が重ねて表示される。
複数の防空拠点と早期警戒レーダーからなる防空警戒エリアを表す円に攻撃目標を表すマークが重なって点滅する。
「混乱に乗じて第二小隊が中央庁舎ビルに突入、司令部を制圧し重要目標を確保、ジャマーを破壊する。質問は?」
「KSKはどのように投入されますか?」
 指揮官の言葉にまずランクが手を挙げる。ライアーはともかく、歩兵が行くにはワルシャワはあまりにも前線から遠い。
「低空からEH90ヘリコプターで接近する」
「もし彼らが失敗したら?」
 狂鳥をアイヒマン大尉が睨みつけ、ランクが申し訳なさそうに肩をすくめる。
「フルカン爆撃機の戦術巡航ミサイルワルシャワ新市街ごと中央庁舎ビルを破壊する」
「なるほど」
 狂鳥は納得した様子で頷く。
「他にはないな? 作戦開始は明朝0430時、解散!」
号令と敬礼が終わり、作戦室の扉からからぞろぞろと将兵が吐き出されていく。
狂鳥はワルシャワまでの飛行ルートを描き込んだ地図を広げ、赤い三角形の書き込まれた部分を指した。
「これ、ここのSAMサイトを突破するんだよね」
「うん」
ランクは頷く。ここに配置されているのは中高空を飛行する航空機を防ぐためのレーダーとミサイル発射機だ。
「SAMサイトの真上を飛ぶなんて正気じゃない」
「彼らはちゃんとやってくれるよ」
「それはそうだけど……」
狂鳥もさすがにこの規模のSAMサイトの上を飛ぶのは気が進まないのだろう。
ランクからすればぶつかりそうな敵機にありったけ機関砲を叩き込んで撃墜するという芸当をやってのけた狂鳥のほうがよっぽどどうかしているように思えるが、それを口に出せば出撃前に重傷を負いかねないのでぐっとこらえた。


翌朝早く、格納庫では出撃に向けて機体に兵装を取り付ける作業が行われていた。
KSKの隊員たちを乗せたヘリコプターは昨夜のうちにポズナンまで移動し、そこで給油を受けて作戦開始の合図を待っている。
「そうか、今回はこいつと一緒なのか」
ランクは愛機の隣で翼を休める細身の機体を見上げる。
「半世紀もののヴィンテージでしょ? 飛ぶの?」
隣の狂鳥が不安そうに"それ"に視線を向ける。
細く絞りこまれた四角い断面を持つ胴体から翼端が折り下げられたデルタ翼が生え、尾部には鋭く切り落とされた尾翼を取り付けられている。
かつて核攻撃のため花嫁を思わせる純白に塗られていたボディは無骨な森林迷彩に塗られ、爆弾倉には電子戦機材がみっちりとつめ込まれている。
「お嬢さん、なんなら自分で飛ばしてみるかい?」
ロイヤル訛りの混じった皮肉に狂鳥は声のした方を振り返る。
「まぁ、こいつを一番うまく飛ばせるのはオレ達しかいないがな」
先ほど一緒に作戦説明を受けていたヴァンキッシャーのパイロットと電子戦オペレーターが立っていた。
「元が古いといってもな、電子戦機材はネオユニの最新のが……おっとこれ以上は機密に抵触するな。忘れてくれ」
口を滑らせた電子戦オペレーターがおどけた様子で口に人差し指を当てる。
「流石にオレたちのヴァンキッシャーじゃドッグファイトはできねぇ。小鳥ちゃんのお守りはあんたらに任せたぜ」
「可愛いお尻ちゃんをSAMに掘られないようバッチリ守ってやるよ」
鳥はむっとした表情を浮かべるが、電子戦オペレーターはむしろ彼女の隣で引きつった愛想笑いを浮かべるランクのほうに熱い視線を送っていた。


王国 67号線沿線 201Y/4/17 04:30 


前もって侵入し、67号線沿いの森に隠れていた第一小隊にも作戦開始が伝えられた。
「時間だ」
分隊長の合図でそれまで身を隠していた隊員たちが身を起こし、ライフルの安全装置を解除する。
全員が最新のデジタル迷彩の戦闘服に身を包み、胸や腰のポーチには無駄なくコンパスやGPS、予備の弾倉や手榴弾、そして小隊長曰く『悪い奴らを月までぶっ飛ばす』プラスチック爆弾が収められている。
「見張りは三人、やるぞ」
暗視ゴーグルで敵を確認した小隊長は後ろを振り返り、隊員たちの準備が整ったことを確認する。
「いつでもいけます」
分隊の中でも特に優秀な射手のジョンソンが頷いた。
「やれ」
ホログラフィックサイトで照準を合わせ、合図に合わせてトリガーを引く。
反動とともに5.56ミリ弾が三発、それぞれの消音器付きの銃口から吐き出され、三人の見張りが倒れた。
「死体を隠せ」
隊員たちが共和国軍の兵士だったものを引きずり、先ほどまで身を隠していた場所に放り込む。うっかり死体が見つかったりでもしたら厄介なことになる。
「移動するぞ。遅れるな」
総勢20人の第2分隊は闇に隠れつつSAMサイトへと向かった。


共和国軍SAMサイトはそこから2キロほど先の廃屋のそばにあった。
防空車両のてっぺんに据え付けられた捜索用レーダーはひっきりなしにぐるぐる回って空の脅威を見張っているが、その周囲の地上を見張る生身の目玉はずいぶんと眠そうにしていた。
「機関銃手とライフル兵だ。気付かれるなよ」
「わかってます」
照準を合わせながら隊員が頷き、セレクターを単射に合わせてトリガーを絞る。
悲鳴も上げず、二人の兵士が伸び放題になった雑草の中に倒れる。
「よし、三人こっちについてこい。ジョンソンはシュタイナーと一緒にクラッカーを用意しろ」
「了解です」
小隊長は三人の隊員を引き連れ、制御機器の詰まった車両へ向かう。
――どんなにイカしたオモチャだって、スイッチを入れなきゃガラクタ同然さ。
「俺がハッチを開ける、すぐにフラグを投げ込め」
「はい、分隊長」
すでに準備を整えていた隊員が手榴弾の安全ピンを引き抜く。
「1,2,3!」
小隊長がハッチを開き、何事かとハッチに顔を向けた共和国軍の担当士官の足元に王国はロイヤル謹製の手榴弾が硬い音を立てて転がってきた。
「わ、わ、わ……!」
混乱した彼がそれを蹴飛ばすよりも早く、手榴弾の信管は役目をこなした。
密閉された車内に悲鳴と爆発音が反響し、静寂が戻った。
血がベッタリと付着したハッチが再び開き、ライフルを構えた分隊員が銃口を端から端へ向けながら生存者がいないことを確認する。
「クリア!」
ハッチを閉じた隊員はライフルを下ろし、小隊長の元へ向かう。プラスチック爆弾を仕掛けに行っていた隊員たちもすでに戻っている。
「ジョンソン、クラッカーはどうだ?」
「準備完了です、隊長どの」
ジョンソン曹長は遠隔起爆装置を小隊長に渡す。
「よぅし、爆破ァ!」
小隊長はためらいなく安全カバーを外し、スイッチを押す。
対空ミサイルやレーダー車両に仕掛けられたプラスチック爆弾によってミサイルやレーダーが引き裂かれ、電子基板を打ち砕く。
誘爆の炎が周囲を明るく照らし出した。
「本部へ『口うるさい隣人は眠った』」
無線を繋ぎ、本部に第一段階が成功したことを報告する。
「了解した。間もなく可愛い赤ん坊がそちらを通過予定」
そして第二分隊がSAMサイトを制圧してから十分後、五機のライアーからなる攻撃部隊がその上を悠々と通過していった。
「コンドル隊、SAMサイトを通過」
「ほんとだ、こんなに奥深くまで飛んでるのにアラーム一つならない」
 狂鳥は煙を吐いているSAMサイトをちらりと横目で見やり、感嘆の声を上げる。
「だから言ったじゃないか。彼らはちゃんとやるって」
「うん、わたし達も頑張らないと」
低いエンジン音を響かせながら機首の下側にフォールスキャノピーを描かれたFS-04が梢を揺らし、東へと飛んでいく。
「あとは鳥さんたちがうまくやってくれることを祈ろう」
迎えのヘリを待つ隊長はタバコに火を灯し、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
芳醇な香りが肺を満たし、緊張を解きほぐしてゆく。
「ふぅー、やはり美味いな……」


「管制機エンディミオンよりコンドル、ルクスへ。間もなくワルシャワ市街地中心部だ。すべての脅威を排除せよ」
「コンドル了解」
「ルクス了解」
五羽の群れが一機と四機にわかれ、それぞれ獲物へ向かう。
「ランク、どう攻める?」
「まずはビルの上のSAMとAAAを片っ端から排除、あとはヘリの到着まで上空で待機ってところかな」
「それでいこ、ターゲット指示は任せる。……っと、カウンタメジャー放出!」
警告が鳴り、狂鳥は素早く機体を横転させながら高度を落としながらチャフをばらまく。囮に惑わされたミサイルが見当違いの方向に逸れていく。
「オーケイ、じゃあまず10時方向の白いビル。あれから始めよう」
ランクもすぐに曳航デコイを放出する。
「コンドル、デコイ放出!」
ライアーの胴体下に取り付けられたキャニスターから小さな円筒形のデコイが飛び出し、安定翼を展開しつつ欺瞞電波を発射し、ミサイルの目を欺く。
「見つけた。ハンター、ライフル!」
獲物をライアーの機種に据え付けられたレーダーとFLIRが見つけ、狂鳥が発射ボタンに乗せた指にぐっと力を込める。翼下のパイロンから対戦車ミサイルが切り離され、オフィスビルの最上階に設置された対空ミサイル目掛けて猛然と加速してゆく。
「命中確認、目標破壊」
オフィスビルの屋上に真っ赤な火球が生まれ、目標の破壊を確認したランクは次の標的を選ぶ。
「次は?」
「2時方向、黒いビルに複数の対空兵器」
「目標視認、ライフル! ライフル!」
つつけざまに三発のミサイルが発射され、対空銃座とミサイル発射機が高性能火薬によって引きちぎられる。
「すげぇな、コンドル隊は対空砲が怖くないのか」
「肝が据わってるのか、本当に気が狂ってるとしか思えん」
次々に対空砲座を潰してゆく狂鳥の機体を見たルクス隊の隊長が舌を巻く。尾翼にショットガンと雷を掴んだコンドルのマークをつけた機体は既に一機でルクス隊と同じだけの対空兵器を破壊している。
複座のライアーは猛然と撃ち上げられてくる対空砲火をフレアをばら撒きながら急旋回でかわし、お返しとばかりに27ミリ機関弾でビルの屋上を耕す。
「ミリィ、カウンタメジャーが足りない」
チャフとフレアの残数表示が赤く点滅していることに気付いたランクが唸る。
「例の防御システムは?」
「いつでもいける」
サブディスプレイに表示される自己防御システムの表示は緑色で表示されていることを確認したランクが頷く。
「ミサイルが来たらいつでも出せるようにしておいて」
「11時方向にAAA!」
大通りに出てきた対空車両がこちらに機関砲を向けている。
「ちいっ!」
狂鳥は舌打ちしながら機体を滑らせ、ビルを盾にして砲火を避ける。保険会社のビルの窓ガラスが3フロア分まとめて弾けた。狂鳥は低空を大きく迂回して自走対空砲の背後に回り、対戦車ミサイルの最後の一発を叩きこむ。
申し訳程度の装甲しか持たない自走対空砲はあっという間にスクラップと化した。
エンディミオンよりコンドル、そちらの空域の敵対空兵器の破壊を確認」
「よし、これで……」
ひと段落つき、狂鳥はほっと緊張を解いた。残りの対空砲は、彼らが対空車両とやり合っているうちにルクス隊が排除した。


五機のライアーが空域を確保した頃、KSK隊員を満載した輸送ヘリとそれをサポートする戦闘ヘリがワルシャワに到着した。彼らが目指すのはもちろん新市街中心部にある中央庁舎ビルだ。
「こちらマーリン1、コンドル、ルクスへ。まもなく到着する。対空砲は排除できたか?」
「こちらルクス1、清掃完了、いつでもどうぞ」
四機の汎用ヘリコプターは街道に沿って這うように接近し、新市街の高層ビル街に近づいたところでぐっと高度を上げる。
王国軍の本当の狙いが空爆ではなく司令部への強襲であることに気付いた共和国軍の兵士たちが手にした武器でヘリコプターを狙うが、そうはさせまいと赤外線ゴーグルをつけた攻撃ヘリのガンナーが制圧射撃を浴びせる。
ビルの中を銃弾と破片が跳ね回り、通りから逃げようとした不運な兵士が直撃を受けて粉砕される。
タッチダウン、いくぞ」
「全員突入だ。行け、行け、行くんだ!」
アイヒマン大尉の命令で輸送ヘリから隊員たちが次々に中央庁舎ビルの屋上へと降り立つ。
屋上のドアが爆破され、KSK隊員たちが中央庁舎ビルへと雪崩れ込む。
「マーリンより航空隊、よくやってくれた。後は我々に任せてくれ」
「了解、ルクスおよびコンドル隊は上空に待機せよ」


共和国軍南部方面軍の司令部はワルシャワ中央庁舎の地下駐車場に設けられていた。数千トンの鋼鉄とコンクリートに守られ、おまけに広い。このような目的で使うにはもってこいの建物だった。
これまで王国軍がいかなる空爆やミサイル攻撃をもってしても破壊できなかったという安心感がそこにいる全員に慢心を抱かせていた。
だが、その日はいささか様子が違った。
「西南西より敵五機が侵入」
「防空隊は何をやっている!」
肩に星の二つ並んだ階級章を着けたグラツキー将軍は眉間に皺を寄せる。
「だめです、敵のECMが強力でミサイルの誘導が効きません」
「市街地より敵ヘリ部隊が接近中との報告です」
次々に読み上げられる報告に将軍の表情は次第に険悪になっていく。
「閣下、奴らはきっとここを狙ってきます。すぐに避難すべきです」
参謀の一人が進み出てそう進言したとき、通信士官が悲鳴に近い声を上げた。
「50階の部隊と連絡が途絶えました!」
「ここを放棄する。すぐに移動準備をしろ。5分以内だ!」
グラツキー将軍はそう命令を下すと、機密指定の書類を自分の鞄に詰め込み始めた。


KSKは3つの分隊に分かれ、ビルの中と外の両方から50階建てのワルシャワ中央庁舎ビルを制圧していった。
「フラッシュバンを投げ込め!」
階段には閃光手榴弾が投げ込まれ、まともにそれを受けた共和国軍の兵士が顔を覆って呻いたところに何発もの銃弾が撃ち込まれ、すぐに動かなくなる。
「前進するぞ」
「了解」
屋上からロープでラペリング降下するチームは30階まで一気に降下し、窓を蹴破って中に突入した。上の敵に気を取られていた共和国軍は浮き足立ち、混乱が広がる。
「30階クリア」
「C分隊、行動開始」
合図を受けて今度はエレベーターシャフトから侵入した部隊が行動を開始した。彼らはA分隊とB分隊が敵を引きつけているうちに地下3階に降り立った。
「奴ら大慌てです、隊長」
エレベーターのドアをわずかにこじ開けて様子を伺った分隊員が後ろで突入を待つほかの隊員たちに合図する。
「紳士的に行こうじゃないか」
アイヒマン大尉は閃光手榴弾を右手に握り、左の人差し指をピンにかける。
「3、2、1……いけっ」


「作戦計画書はすべて破棄しろ。情報機器はすべてのデータを消去だ。奴らに何一つ残すな」
将軍がそう指示を出し、用意された装甲車に乗るため鞄を抱え直したとき、世界が純白に染まった。
――なんだ、何があった。核攻撃か? バカな、ありえない。
視界は暗くぼやけ、ひどい耳鳴りがした。足元に取り落とした鞄に足を取られ、冷たいコンクリートの床に顔をしたたかにぶつけた。
「うぐっ」
背中の激痛が老兵の意識をわずかに揺さぶる。遠くで銃声が聞こえた。
「確認した。グラツキー将軍に間違いない」
「連行する」
王国語で二言、三言会話が聞こえたが、腕にちくりとした痛みを感じた後はそれも遠のいていった。


200メートル上のフロアでは、ジャマーを爆破するための爆薬が各所に取り付けられていた。B分隊とC分隊も目的を達成し、今は屋上で迎えのヘリを待っている。グラツキー将軍と押収した作戦計画書を迎えのヘリに詰め込むのを確認したアイヒマン大尉が49階に降りると、起爆用ワイヤーの取り付け作業を行っていたA分隊の兵士が立ち上がり敬礼してきた。
「爆薬の取り付け、すべて完了しました」
「よし、残ったのは俺たちだけだ。吹き飛ばしてくれ」
頑丈そうな柱の陰に身を隠し、耳を塞いで起爆装置のスイッチを入れる。
ジャミング装置にセットされたプラスチック爆弾の起爆装置が作動し、爆風があらゆるものを吹き飛ばす。49階と50階の窓ガラスが粉々に砕け、無数の破片がきらきらと陽光を反射しながら通りに降り注いで行くのが見えた。
「爆破完了。GPSはどうだ?」
「だめ、まだ乱れてる。レーダーは回復」
空軍に確認を要請すると、凛とした声で返答があった。
「コンドル、プランBだ。マーカーを設置する」
「了解、設置までは?」
「九十秒で撤収だ。三分後に吹っ飛ばしてくれ」
ポーチからレーザーマーカーを取り出し、窓際のデスクに設置する。
KSK隊員や捕虜を収容したヘリが中央庁舎ビル屋上のヘリポートから離れてゆくのが目に入った。
「よし、撤収だ」
残りの隊員に声をかけ、アイヒマン大尉は非常階段を駆け上る。早くここから逃げなければ、ジャミング装置と心中することになる。
「大尉、お待ちしておりました」
屋上に出ると、すぐそばに迷彩色の輸送ヘリが待機していた。
「40秒で空軍が飛んでくる、さっさと出してくれ!」
「了解です」
隊員たちに続いてアイヒマン大尉が乗り込むや否や、パイロットはスロットルを開いて中央庁舎ビルから離れる。
共和国軍を牽制していた攻撃ヘリも撤収の命令を受け、残敵掃討もそこそこに引き上げていく。


「時間ね」
時計を確認した狂鳥は機体を傾けて旋回させ、中央庁舎ビルに機首を向ける。
「ランク、目標を指示して。ビルごと吹っ飛ばす」
「了解!」
ランクはメインディスプレイのモードを切り換え、機首下に装備されたターゲティングポッドを選択する。
煙を吹く中央庁舎ビルに浮かぶレーザーマーカーを選択し、ボタンを押して目標を確定する。
「マーカー確認!」
「捕まえた。コンドル、投下!」
狂鳥がカチカチと二回続けて投下ボタンを押し、二発のレーザー誘導爆弾が切り離した。
49階の床を突き破った貫通爆弾の信管が一拍遅れて作動し、ビルの構造材をねじ切り、コンクリートを吹き飛ばす。
血税を投じて建てられた総工費数億マルクのワルシャワ中央庁舎ビルの45階から上が轟音とともに崩落する。
「命中確認!」
中央庁舎の防衛に駆けつけようと向かっていた共和国軍の歩兵が粉塵と瓦礫に呑み込まれてゆく。
「コンドル、ルクスへ。そちらの空域に060から複数の機影が接近。ラーストチュカだ」
「送り狼ってわけか」
管制機からの警告に
「恐らく機密情報をヘリごと消すつもりだ。ヘリに近寄らせるな」
「了解、コンドル隊、やるぞ」
ルクス隊が綺麗なV字編隊のまま反転し、敵に機首を向ける。
「敵機、方位060より接近」
「ランク、メテオールを準備。データリンクも」
狂鳥はランクに索敵を任せ、マスターアームを空対空戦闘モードに切り替える。ヘッドアップディスプレイの表示が空戦に最適化されたものに変わる。
「データリンクよし、中間誘導にGPSを使用」
GPS信号が正常に受信できるようになった今、中距離ミサイルのメテオールはその性能をフルに発揮できる。
「コンドル、FOX3」
「ルクス1、ミサイル発射」
「ルクス2、FOX3」
主翼下に装備されたパイロンから中射程ミサイルが切り離され、ロケットモーターから白い尾を曳きながら加速してゆく。
レーダー上の反応が増え、バラバラに動きはじめる。ラーストチュカが死にものぐるいでチャフをばら撒き、必死に回避しようとしているのだ。
1分後、レーダー上の機影がすべて消えた。
「管制機よりコンドル、ルクスへ。敵機の全滅を確認。帰投せよ」
あまりの呆気無い終わり方にランクは身震いした。
もちろん理性では兵器や戦術が『いかに効率的に敵を無力化あるいは撃破』するために進化していることは理解できている。だが、あまりにも一方的すぎる。
――いつかは、自分もああやって死ぬのだろうか。
そう考えたとき、さっと背中を冷たいものがよぎるのを感じた。動物的な勘だろうか、殺意に近いものを感じる。
――気のせいか?
レーダーもセンサーも乗機は安全であることを裏付けているが、何か嫌な気配を感じた。
「ランク、何か嫌な感じがする……なんか、覗き見られてるような」
「殺気……なのかな。ちょっと気味が悪いね」
だがそれきり警告音がなることも、機体不調が起こることもなく彼らは出発地のホルツドルフ基地へとたどり着いた。


ワルシャワ司令部からの救援要請を聞きつけ、三機のMQ-99を引き連れてミハイルの操縦するレイピアが到着したのはラーストチュカが全滅した直後だった。
「ラーストチュカ隊、全滅しました。敵機は後退していきます。追跡しますか?」
バリスタは届くか?」
「敵の電子妨害がまだ続いている上、敵管制機の索敵範囲内です。逆探知される可能性があります」
レイピアのレーダー反射パターンを解析されてしまえば、この機体の優位性は大きく下がってしまう。
それゆえに、強力なレーダー機材を搭載した敵空中管制機の行動エリア付近ではレイピアの行動は大幅に制限されていた。
「くそ……」
――また、逃げられたか。
ミハイルは酸素マスクの中で苦い表情を浮かべ、機体を翻した。
3機のMQ-99は文句ひとつ言わず、彼の軌道を正確になぞって付き従った。
ワルシャワは司令部機能のほとんどを失い、南部方面の共和国軍は大混乱に陥った。