魔女と使い魔(第3話)

北海 ビテン島沖 201X年/11/26 14:13 N2K1-r 03-8631号機 "カッツェ"


「ったく、なんであのドケチの共和国がコンボイ組んでんだよ。いい加減俺ァ待ちくたびれたぞ」
ゼーヴィント水上戦闘機の大きく貼り出したストレーキに腰掛けたまま短距離通信で二人の男が愚痴り合う。
片方は漆黒、もう片方は退色と日焼けで灰色に見える機体の尾翼には黒猫とカラスのマークが描かれている。
彼らの仕事は魔女の仕事を楽にするための、言わば陽動だ。
とはいえ敵艦隊はジグザグの航路をとりながら移動しているので効果的に罠に嵌めるためには気持ちを堪えてチャンスを待つしかない。
不測の事態に備えて翼下には短距離・中距離用の対空ミサイルと簡易誘導装置のついた70mmロケット弾が吊るされている。
「我らが魔女さまは、いつおいでになるのかねぇ。どう思うよ、カラス」
黒猫のマークのある機体に座っている方がもう片方に話しかける。
カラスと呼ばれた方はムスッとした顔で釣り糸を垂れる。
「知るか。お祈りでもしてろ」
いつでもエンジンを始動できるよう補助動力装置をアイドリングし続けているため、音に驚いて魚が寄り付く気配はない。腰掛けた機体は小刻みに振動している。



―今頃二人とも退屈を持て余しているのかな。
そんなことをぼうっと考えながら魔女は壁にかけられた時計をみる。
列機のカッツェとクレーエは朝日と共に出撃して網をはっている。
今回の獲物は巡洋艦駆逐艦に護衛された輸送船3隻。
敵船団はかなり無駄の多い航路をとりながら北東へ向かっている。司令曰く、『珍しく仕事をした』情報部によると積荷は航空部品らしい。
東部戦線の共和国軍の戦力増強を防ぐためにも失敗できない作戦だった。それは敵も同じようでわざわざ西方に展開している艦隊から比較的新しい巡洋艦を引き抜いてきたらしい。
それがなんだか意地を張り合う子どもの喧嘩に思えてきて、魔女はふっと笑みを浮かべる。お互い譲り合わないからこうなる―いつだったか基地に侵入してきて反戦を訴えた男の掲げていたプラカードが思い出された。
「哨戒機ウーフより入電、敵艦隊発見。ビテン島沖、北西に150マイルの地点。仕事の時間だ」
それまでホワイトノイズを流し続けていたスピーカーが思い出したように管制塔からの指示を伝える。魔女は手に持っていた空の紙コップを握りつぶしてベンチから立ち上がる。
「ヘクセ、直ちに離陸し、敵艦隊を阻止せよ。」
「Ja,Gletscher」
魔女はインカムに流暢な王国語で返しながら待機室のドアを開ける。乾燥した熱風が頬に当たる。
甲高いエンジンをカマボコ型のハンガー内に反響させながら、魔女の翼はハンガーの中央に鎮座していた。コクピットの脇には真新しい撃沈マークが3つ。
機体に繋がれていた機器を取り外した整備兵が敬礼を向ける。魔女は機体に向かいながらそれを返し、フライトスーツのジッパーを上げる。台車の天板に置かれたところどころ塗装の剥げた帽子をかぶる。技術の進歩で戦闘機パイロットがかぶるようになった当初より軽量化されたとはいえ、女性にとって戦闘機用ヘルメットはまだ重い。
魔女が梯子を登って操縦席に収まると最後のチェックを終えた整備兵が翼下に吊るされた兵装の安全ピンを抜いていく。
主翼端から見て一番外側のハードポイントに自衛用の対空ミサイルが2発、その内側に13式対艦誘導弾が4発。機体中央にはロケット弾ポッドが懸下され、エンジンの下に小容量の増槽がぶら下がっている。
ハーネスを固定し、酸素マスクをつける。軽く親指を立てて整備員たちに合図する。整備兵たちが帽子を振り、魔女はキャノピーを下ろす。
ギアブレーキを解除し、誘導路へ出る。
「ヘクセ、ランウェイ33へタキシー許可、ウインド60、7ノット。視程12マイル」
キャノピーロック。フライトコントロール、エンジン、マスターアーム、エレクトロニクス、すべて異常なし。魔女は最後の確認を終えて
「了解。ランウェイ33。」
赤と白の鮮やかな吹流しは時折吹く風に揺れている。雪とかれた芝生のまだら模様の平原に伸びる誘導路をまっすぐに滑走路へ向かう。
今日は雲が低い。雲の割れ目からかすかに太陽の光が漏れる。
「ヘクセ、クリアードフォーテイクオフ」
管制塔からの離陸許可に頷くと、スロットルを最大まで押し込む。背後から聞こえるエンジンの甲高い唸りが轟音に変わり、紫色のアフターバーナー炎が広がる。
「V1,VR…,V2…,ヘクセ、テイクオフ」
機体はゆっくりと機首を上げ、滑走路端間際でようやく空中へ飛び上がる。魔女は十分速度と高度を得たところでフラップとギアを格納する。
魔女は北の狩場へと向かう。災厄をその翼に乗せて。



同じころ網を張っていた黒猫とカラスも離水準備を整える。
飛び込むようにしてコクピットに体を押しこみ、ハーネスで機体と肉体を繋ぐ。
APUの回転数を上げ、エンジンを始動する。海水を吸い込まないように主翼上面にある補助インテークが開く。
「さぁいくぜ。北の海にいるのは魔女だけじゃないって教えてやろうや」
「寒中水泳は、するなよ?」
二機ともキャノピーをロックし、アフターバーナーに点火して速度をあげる。2機はウェーキがお互いの離水を阻害しないよう200メートルほど距離をとりつつ加速してゆく。胴体下とエンジンの下のフロートが波を散らす。
ゼーヴィントの禍々しく突き出した前進翼が冷たい風を掴み、3次元推力偏向ノズルと動翼がせわしなく動いて機体を最適な姿勢に保つ。
慎重に操縦桿を引いて機種を上げる。遅ければ波に叩き潰され、早ければ反動で海面と熱い接吻をすることになる。
機体を揺さぶる振動が唐突に止み、風切音とエンジン音だけがコクピットに響く。カラスはフロート収納レバーを引く。胴体とエンジンの下に斜めに張り出していたフロートが引きこまれ、ぽっかりとと口を開けた開口部に収まると、フロート曲線が水鳥のようにゆるやかな機首と繋がる。
「ヘクセ、クレーエだ。たったいま離水した。予定通り仕掛ける」
魔女は離水の報告を受けてメインディスプレイを操作して彼我の位置関係を確認する。
カッツェとクレーエは北東から、魔女はいつものように南から攻撃を仕掛ける予定になっている。
敵艦まで200キロ、敵が巡洋艦ならばもうそろそろこちらの存在に気づくだろう。



「南方に不明機、低空を本艦を目指しながら飛行中です」
「魔女のお出ましだな。花火を打ち上げろ」
船団の先頭を行く巡洋艦『ヴィードラ』の艦長はほくそ笑みながら指示を出した。
―そう何度も同じ手にかかるものか
船団中央のバラ積み貨物船の船倉のドアがゆっくりと開き、使い捨てカタパルトに固定された灰色の無人戦闘機が姿を表す。カタパルト射出のために武装こそ短射程のAAMしか搭載できないが、よしんば撃墜できなくても単機で複数機の相手をしながら対艦攻撃を行えるはずがない。
それで船団の被害が減るのならば安いものだ。
「1号機から5号機、発射スタンバイ」
「搭載機発進!」
後部のカタパルトから続々と無人機が発進していく。
―魔女め、たっぷりと塩水を飲ませてやる。



「おぉ? なんだぁ? なんで敵機がこんなところにいるんだよ」
僚機の素っ頓狂な声もどこ吹く風、烏のエンブレムのパイロットは冷静に増えた敵機の動きを観察する
VTOL…ではなさそうだな。グラーチェ、敵機が5機敵船団から上がってきた」
「こちらでも敵機の発進を確認した。敵はおそらく無人機」
―面白くなってきた。
「よっしゃあ! ひと暴れしようぜクレーエ!」
「言われなくとも分かっているさ」
二機のゼーヴィントは一気に機首を上げて高度を稼ぐ。



「北東にさらに敵機! 機数2、距離150キロ!」
まんまと嵌められた『ヴィードラ』の艦長は拳を握りしめる。
「どうなってる、魔女は単機じゃないのか!? 花火を3機そっちに回せ! 追い込んで射程に捉え次第SAMを発射だ!」
それまでV字編隊を組みながら南へ飛んでいた無人機が二手に別れる。



重い対艦ミサイルを搭載した魔女に比べれば、水上機というハンデを持っていてもゼーヴィントのほうが速い。
緩やかな曲線を描く機首に内蔵されたレーダーが無人機を捉え、ヘッドアップディスプレイに四角いコンテナを表示する。ロックオンを示す菱形のマーカーがそれと重なり、小気味良い電子音が鳴る。 
「クレーエ、FOX3」
「カッツェ、FOX3!」
二機の主翼下に吊るされたコメート中距離AAMが切り離され、モーターに点火して一気にマッハ2まで加速され、自衛用のチャフすら搭載しない無人機めがけて飛翔する。
「やれやれ、騒がしい奴等だ」
操縦桿に手を載せたまま指先でエンジン直下のパイロンを選択し、底を尽きかけた増槽を切り離す。マスターアーム、オン。
子供の喧嘩を見守る母親のような笑みを浮かべながら魔女は発射ボタンに指をかける。
レディ、ASM。巡洋艦に2発、無人機を射出した偽装貨物船としんがり駆逐艦に一発ずつ。
「ヘクセ、FOX3」
ミサイルを切り離し、身軽になった魔女はスティックを緩やかに引き、無駄を極力排除した上昇軌道を取る。
4本のミサイルはそれぞれ目標へ向けて白煙を吹きながら加速してゆく。
敵艦から発進してきた機体はこちらへ2機向かってきている。
パネルを操作してマスターアームを対艦モードから対空モードへ切り替える。
右側のサイドパネル状態が表示された2番パイロンと10番パイロンの短射程ミサイルのアイコンが緑色に輝く。
左側のパネルに表示された対艦ミサイルの情報が更新されることを横目で確認し、視線をすぐに正面に戻す。
四角い目標コンテナがヘッドアップディスプレイに表示されてはいるが、ゼーヴィントと異なり自衛用の短射程ミサイルしか搭載していないのでこちらからは手出できない。
ぎり、と歯が鳴る。
おそらく敵は小型の使い捨て無人戦闘航空機。貨物船から出てきたところを見るに、軽量ないしは中量級。敵が戦闘機と渡り合えるレベルの無人機を完成させたという情報はない。
―あっちも、相当ヤキが回っているな。



先に接触した2機は撃墜した敵機の吐く黒煙が見える距離にまで接近していた。
「カッツェ、一機撃墜」
レーダー上に表示された敵機のシンボルがミサイルのアイコンと重なり、3つから1つへと数を減らす。カッツェと呼ばれたパイロットが口元を上げるのと暗転するモニターに無人機のオペレーターが拳を叩きつけるのはほぼ同時だった。
「クレーエだ、敵機撃墜をこっちでも確認した。こっちに来るぞ」
黒猫とカラスも編隊を解いて二手に分かれる。2機のゼーヴィントは翼根からヴェイパーを吐きながら緩やかなバレルロールを行いつつ左右に散開する。
「水戦だからってなめんなぁ!」
先行した黒猫を捉えようと切り欠きのある灰色の三角定規が翼端のエレボンをひくつかせて旋回する。カラスはゆっくりと高度を上げて位置エネルギーを蓄える。
「がんばれよ猫じゃらし、俺が落とす前に落されたら基地まで遠泳だ」
カラスは緩やかに降下しながら増速する黒猫を見送り、レーダーで敵機を追いかける。
その先には黒いレーダー吸収塗装の施された前進翼の水上戦闘機と、それを追いかける灰色の幾何学的な飛行物体。
無人機が目の前を飛ぶ黒い機体に照準を合わせてミサイルを切り離す。
鳴り響く警報音に舌打ちしながら黒猫はスティックを斜めに引いて緩やかな左ハーフバレルロールを描き、軸線をずらしながらフレアー放出ボタンを押下する。後部胴体の上下にあるフレアーの放出口が開き、寒空に本物の花火を打ち上げる。
一気に膨れ上がった熱反応に共和国製の旧式空対空ミサイルは困惑し、寄り集まったフレアー目がけて突進し、虚空にもうひとつ大きな花火を散らす。
「クレーエ、FOX2」
かたん、という軽い音と共に翼端のパイロンから2発の赤外線誘導ミサイルが切り離される。先端に据え付けられ、潮風に晒され続けてきた目玉が最初で最後の大舞台を演じきるために敵機を追いかける。
群青の海面に鮮やかな白い曲線線が2本。
ミサイルは無人機の情報から覆いかぶさるように接近し、近接信管が作動して無数の破片を撒き散らす。
「さすがだクレーエ! 俺の陽動あっての戦果だから共同撃墜だな!」
敵機は右翼を根元からへし折られ、血のように細かい部品をばらまきながら堕ちてゆく。
「寝言は寝て言え。昼寝は基地でな」
勝ち誇ったような黒猫にカラスは冷ややかな言葉で返す。



戦闘は空の上にとどまらず、巡洋艦の中、液晶ディスプレーの上でも行われていた
「よし、いいぞ。迎撃範囲へ誘い込め!」
一機だけ残った無人機の操作コンソールの隣に立った上官からの指示を受け、オペレーターはプレッシャーと恐怖に足を震わせながら頷く。
巡洋艦のミサイル発射機が回転し、魔女に狙いを定める。艦内に轟音を鳴り響かせながら防空ミサイルが発射され、南の海目がけて加速してゆく。
近接防空システムが作動して対艦ミサイルに短射程ミサイルと30ミリ弾を撃ちこむが、海蛇のように左右に軸線をずらしながら突進してくる弾体の周りに盛大な水柱が上がるばかりで当たる気配がない。
「ミサイル接近! 衝撃に備えろ!」
巡洋艦を狙った二発のうち一発はホップアップして艦橋に飛び込み、もう一発はそのまま艦尾付近の喫水線に突き刺さり、隔壁と外板を吹き飛ばす。
巨大な太鼓を打ち鳴らしたような音と共に衝撃が艦を揺さぶる。
「18区、16区に大破孔! ダメージコントロール急げ」
警報音が鳴り響き、それをかき消す大音響をたてながらマストが倒壊して艦橋のそばに整列した対艦ミサイル発射管を押しつぶす。
傾斜を抑えるために逆側の区画に海水が注水され、重量増と破孔の巻き起こす渦によって先頭の巡洋艦が速度を落とす中、船団の中央にある貨物船と最後尾を守る駆逐艦にもミサイルが命中する。
第2陣の無人機の発射準備をしていた輸送船は悲惨だった。船倉に突入したミサイルの爆発に航空燃料が引火し、5つある蓋が盛大に宙を舞う。爆風で吹き飛んだカタパルトの支柱がブリッジを直撃し、航海士の体をみぞおちのあたりで斜めに分割する。誰かの絶叫は倒壊するクレーンの音でかき消された。



その頃、魔女もまた無人機に追われていた。一機はすでに落としたが、こちらがエネルギーを失った隙を見て一機に上を抑えられ、海面近くまで引き摺り下ろされている。
敵機は攻撃を仕掛けるでもなくぴったりと真後ろについてくる。左に動けば左に、右に動けば同調して右に動き、こちらの逃げる方向を塞いでくる。
バックミラーで食い下がる敵機のカメラに向けてに怨念じみた視線を向けながら魔女は機体を左右に振る。
唐突に敵機がぐらつく。ミサイルからの信号は消えている。
―もらった
魔女はスロットルを一気に緩めてスティックを右下に引き、機体を斜め右に起き上がらせる。フレアーを射出しながらのハイGバレルロール。フライバイワイアが魔女の意図を理解し、各動翼を最適な角度に保つ。
幅の広いストレーキと扁平な機体中央部で風を受けて魔女は急速に減速する。飛び散ったフレアーが海面に触れ、ぽんぽんと海面を跳ねる。熱いフライパンに水を注ぐと跳ねるように、高熱のフレアーが触れた瞬間に海水が気化して反発し合う。
これまでぴったりと食らいついてきていた敵機はゆらゆらとダッチロールしながら魔女を追い抜く。
戦闘システムはすでにドッグファイトモードに変更されている。ヘッドアップディスプレイの中央に敵機を捕らえ、シーカーが敵機を捉えたことを確認すると親指を押し込む。右翼に残っていた最後のミサイルが白煙を吐きながら猛然と加速してゆく。
魔女はこれまでのお返しとばかりにトリガーを引いて機関砲を一斉射浴びせかける。曳光弾は虚空を裂いたかに見えたが、榴弾が当たったのか火球が敵機の翼端を飲み込む。大きく右側に傾いだ敵機の尾部にミサイルが突き刺さり、エンジンと軽量繊維のモノコック構造を破壊する。
息つく間もなくミサイル警報がコクピットに鳴り響き、魔女は素早くパネルを操作してECMモードを起動する。接近するミサイルは3発。レーダーアレイから目に見えぬ電子の奔流を叩きつけられ、先頭のミサイルはがっくりとうなだれるようにして海面に没する。
残りのミサイルも酒に寄ったように不規則に振れている。
魔女はミサイルと交錯する10秒前にチャフをばら撒き、機体を45度左に倒してをラダーを踏み込み、ステイックを軽く引く。フライバイワイアのバックアップを抜きにしても横滑りのほとんどないない精密な旋回で軸線を60度ほどずらす。機体を水平に戻すとすれ違うミサイルに侮蔑のまなざしを向け、魔女は敵船団に向き直る。
もう水平線上には黒煙が上がっている。


「カッツェ、クレーエ、私の獲物は残しているでしょうね?」
船団の反対側にいる二機はすぐに返事を返してくる。
ポンコツごときにやられはしません」
「あんな三角定規のバケモン、あと2杯はおかわり出来るぜ!」
残念なことに黒猫とカラスの望みは叶いそうにない。先程まで点滅をしていた船団中央の船影はレーダー上から消えていたのだから。
「すまんな、今頃シャチとシンクロでもやってるだろう…ん?」
警告音と共に微かなノイズ音が聞こえる。
「こちら哨戒機ウーフ。ヘクセ、小物はくれてやる。サバトを楽しんでくれ」
どうやら敵艦の射程ギリギリから様子を見守っていた哨戒機も加勢してきたらしい。
レーダー上に新たな反応が四つ東側からやってくる。敵艦からのレーダー放射はないが、近接防空システムと赤外線誘導のSAMは生きているだろう。もう1,2発艦上部に当たれば完全に無力化できる。
―随分と騒がしい狩りになったものだ。
ほくそ笑みながら魔女はレーダーを見つめた。


巡洋艦『ヴィードラ』は艦橋と船体後部に被弾し、生きているセンサーを総動員して攻撃に備える。
「正面からミサイル!」
辛うじて破壊を免れた捜索用レーダーと近接防空システム、そして艦首の連装両用砲までが虚しい抵抗をするが、火器管制システムを潰され火線の集中すらままならない状態では焼け石に水も同然だった。生き残った艦首の防空兵器が吹き飛び、発射管に収まっていた対艦ミサイルの炸薬を叩き起こす。
「ヒュウ、おっかねぇなぁ」
誘爆の火球に黒猫が舌を巻き、カラスはほうと頷く。魔女は無線を繋ぎ、哨戒機に礼を述べる。
「ヘクセだ。攻撃支援に感謝する」
哨戒機は水平線の彼方の魔女に翼を振る。若い下士官がコンソールに頭をぶつけ、悲鳴と罵声が後席から湧き上がる。
「なぁに、いいってことよ」
魔女は再び大きく旋回して輸送船を正面に捉える。
「ヘクセ、ロケット発射」
70mmロケット弾が胴体下のポッドから吐き出され、安定翼を展開して輸送船に殺到する。遅延信管と着発信管がそれぞれ半分ずつ混ぜられた鉄の雨は船倉を火炎地獄に変え、隔壁をねじ切り、クレーンをなぎ倒す。最後の2発がとどめになった。
すでに空いていた破孔から飛び込んだロケット弾が竜骨を粉砕し、船底を突き破ったもう一発がそれを切り離す。さらに運の悪いことに竜骨の折れた部位船体の重心位置とぴったりだった。
二つに別れた船体の両端からオレンジ色の救命艇が投下される。
「クレーエ、ロケット発射」
「ロケット発射ぁ!」
他の二機も翼下に吊るしたロケット弾の雨をもう一隻の輸送船に浴びせかける。
燃料タンクと機関部にロケット弾が突き刺さり、船腹の破孔からどうどうと海水が流れ込む。5箇所も大穴があいてしまえば岩礁に耐える二重底も、厳重に仕切られた水密区画も意味を成さない。
「よっしゃあ! 撃沈っ!」
左側に大きく傾いていく輸送船を見ながら黒猫はスロットルから左手を離してガッツポーズを決める。
「調子のいい奴だ」
カラスは呆れたようにため息をつきながら高度を下げて敵艦の様子を再度確認する。その視界の端を緩やかな左旋回をしながら魔女が飛び抜ける。左主翼に描かれた魔女はまんざらでもない笑みを浮かべているように見えたが、すぐに吹き上がる黒煙の影に隠れてしまった。
「敵船団は全艦撃破ないしは撃沈。あとは海軍に任せる」
いつものように低空を一周して戦果を確認すると魔女は高度を上げ、南へ進路を取る。重荷を全て振り払った機体は機敏に反応し、捨てられない浮輪を背負ったゼーヴィントを引き離してゆく。
「おいおい、置いてかないでくれよ」
黒と灰色の水上戦闘機がそれに追いすがる。



北海 ビテン島沖 201X年/11/26 18:07 北海第2艦隊旗艦 巡洋艦"ノーデンクルツ"



"人道的救助"のためにノーデンクルツは駆逐艦3隻を伴って沈没した敵船団のもとへ向かう。
もちろん人道的救助というのは建前で、外交交渉を有利にすすめるための手札集めの口実に過ぎない。
「沈没する敵艦、何かシグナルを送っていたな。SOSか?」
暗いCIC紫煙がたなびく。艦長は沈没直前に敵巡洋艦の送信した暗号が気がかりになっていた。あの状況ならば平文で救援を求めるはずだが、わざわざ暗号化して送っていた。
「不明です、ノイズが酷くこれ以上の解析は不能でした」
通信士官が申し訳なさそうに艦長の質問に答える。
「断片的でもいい、とりあえず上に送っておいてくれ」
「了解しました」
―魔女、か。


吐き出した煙がゆっくりと換気扇に吸い込まれていった。