最終防衛ライン(第28話)

ミュンヘンへの爆撃は王国側の戦意をくじくどころか、却ってハト派にも憎しみの感情を植えつけた。
勢いに乗る王国軍地上部隊は5月中旬にブレスト近郊で国境を超え、ミンスクを目指した。
対する共和国軍は残存戦力をミンスクに集結させ、王国軍を阻止しようとしていた。


王国 ホルツドルフ航空基地 201Y/5/8 09:02 作戦室


「おはよう諸君。今日のミンスク上空の天気はミサイル時々高射砲で大荒れの予報だ」
登壇早々、ロイヤル出身の指揮官がお決まりのジョークを飛ばすと作戦室にどっと笑いが広がった。
最前列でそれを聞いて吹き出しかけたランクに狂鳥は物言いたげな目を向ける。
「ごめん、つい……」
「ふんっ」
その視線に気づいたランクは肩をすくませる。が、狂鳥は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「ゲフン……さて」
マイクが必要ないほど大きな咳払いをした指揮官は真剣な表情に戻った。
「知ってのとおり、昨日正式にミンスク攻略が決定された」
指揮官は言い終えると作戦室に集まったパイロットたちの顔ぶれを見渡した。特に驚きの表情を浮かべているものは居ない。
緒戦のワルシャワ以来の大規模な作戦とあって、今回も余裕のある戦線から集められた部隊が幾つか参加しているのがわかった。
「ライチェ少佐、説明を頼む」
「では、詳細を説明します」
指揮官に代わってライチェ少佐が登壇し、スクリーンにミンスク周辺の地図を表示する。彼女が右手に握ったコントローラーのボタンを押すと、共和国軍を示す赤いマークが一気に合成表示された。
これにはほとんどのパイロットから驚きの声が漏れた。数がこれまでとは比較にならないほど多い。
ミンスクへ続く一号線は多数の火砲、トーチカ、地雷原、対戦車ヘリコプターによって防衛されており、航空支援無しでの突破は困難を極めます」
ライチェ少佐がボタンを押すと、偵察機や衛星から撮影された敵陣地の写真が数枚表示された。どの陣地も巧妙に偽装され、さらに土嚢やコンクリートで補強されている。
「さらにミンスクにある2つの空港が敵の前線基地および補給基地として運用されており、航空優勢確保のため制圧する必要があります。そこで第一次攻撃隊がミンスク第一および第二空港を攻撃、滑走路を破壊して輸送機の運用能力を奪います」
「航空支援隊も第一次攻撃隊と同時に出撃し、味方地上部隊を支援してください。第二次攻撃隊が1号線に地雷を散布して敵の補給線を撹乱します」
「以上、解散!」
号令とともにパイロットたちはぞろぞろと作戦室から退室していく。しかし、狂鳥だけはパイプ椅子にじっと座ったまま動こうとしない。
ライチェ少佐がちらりと心配そうな眼差しを二人に向けたあと部屋の扉を閉じると、やがて作戦室に残っているのは彼女とランクの二人だけになった。
「ミリィ、どうかした?」
「……」
狂鳥は答えず、静かに頭をランクの肩に預けた。
「やっと、二人っきりだね」
「あっ……」
ランクははっとした表情を狂鳥を向ける。不機嫌そうな目。
「気づくのが遅い!」
「うっ……ごめん」
脇腹に狂鳥の鋭い一撃を受け、ランクは離陸前から被弾した。
「あの時砂漠で言ったこと、信じてる」
すっと深い色の瞳に見つめられ、ランクの心臓が鼓動を増す。
「うん」
「だから……ね?」
小さく頷くと、狂鳥の唇にゆっくりと近づく。
「こら!」
狂鳥は右手でランクの顔を押しのけた。
「え、キスじゃない?」
「生きて帰ったら!」
「あ、はい……」
きっぱりと拒絶され、ランクは肩を落とす。
「じゃ、これは前払い」
やわらかなものが一瞬だけ頬に押し付けられる。
「っ!」
ランクが頬にキスされたことに気づくと狂鳥はしたり顔で唇を舐めた。
「ふふっ、ごちそうさま。行こっ」
狂鳥はランクの手を握ると、そのまま歩き出した。


「昨日はルドルフ、今日はミンスク、この調子で行くと来週はシベリアあたりに爆撃しに行けと言われるんじゃないか」
「だったら皇国からのほうが近いですね。案内しましょうか?」
「冗談にならないことを言うな」
鷲は不機嫌そうにフライトプランを書き込んだミンスク市街地の地図をポケットに突っ込んだ。
第一次攻撃隊に遅れること1時間、第二次攻撃隊の224飛行隊も出撃準備を整えていた。
「よりにもよって、地雷撒きの仕事とはな」
愛機に装備された巨大なディスペンサーを見上げた鷲は、その目的と優美さの欠片も感じられないデザインにため息をついた。
「でも、あの道路を封鎖しないと彼らは次々に戦力をミンスクへ持ってきますよ」
事実、モスクワ方面からは続々と兵員や補給物資がミンスクに到着していることが判明している。
味方がようやく鉄道線路の破壊に成功したというニュースが入ったのは今日の明け方だ。
「そこはお前が37ミリ砲で片っ端からやっつけてくれるんだろ?」
鷲は格納庫の隅に置かれた37ミリ砲に目を向ける。
「あんなことができるのは彼らだけです」
――でも、またあの子と一緒に飛んでみたかった。
狂鳥の自信に満ちた笑顔を思い浮かべ、魔女は少し胸の中が暖かくなるのを感じた。
ヘンシェル大尉、燃料補給および武器の搭載、完了しました」
最後のチェック項目を確認した整備兵が敬礼し、作業終了を鷲に伝えた。
「さて、行くか」
「はい」
鷲はコンテナの上においていたヘルメットを掴み、魔女も髪をかき上げてピンで留めた。


共和国 ミンスク近郊 201Y/5/8 10:14 1号線


ぼやけた視界の中心で、ぼろぼろに擦り切れた紺地の布がはためいている。その中心にあるのは欧州統一の象徴である北極星だ。
ランバート少佐は激しく咳き込んで身を起こした。砂利と血の塊を吐き出して大きく深呼吸する。
彼の第31中隊はミンスクに突入する戦車隊と共に進軍するさなか、共和国軍の待ち伏せを受けた。ランバート少佐の乗っていた装甲車もつい数秒前にトーチカからの攻撃で破壊され、一番後ろに乗っていた彼だけがほとんど無傷で車外に放り出された。
「げふ、ごふっ……誰か、動けるものはいるか?」
「少佐ァ、無事でありますか!?」
ランバート少佐はもう一度咳き込んでから迷彩服についたコンクリート片を払った。駆け寄った上等兵が立ち上がるのを手伝った。
「前にいたボクサーは?」
「一撃でした……撃ってきたトーチカは戦車隊が制圧しましたが……」
「くそっ」
無残な姿を晒す装甲車の残骸を見てランバート少佐が毒づくと、西の方から低いエンジン音が聞こえた。頭上を緑灰色の影がかすめ、轟音が鼓膜を震わせる。
「味方の戦闘機だな、無線機をくれ」
ランバート少佐はまだ動く無線機を受け取ると周波数を切り替えた。
「上空の味方機、聞こえるか? こちらヤーデ6、陸軍31中隊。君たちが航空支援か?」
「ヤーデ6、こちらはコンドル。貴隊の航空支援を担当します」
よく通る女の声がノイズ混じりに返ってきた。
――どこかで聞いた声だな。
その声には不確かながらも聞き覚えがあった。
「フント隊よりコンドル、また一緒に戦えて光栄だ」
そう返したのはガラガラとキャタピラ音を響かせてランバート少佐の横を通り過ぎた戦車だ。彼らもあの戦闘機とは一緒に仕事をしたことがあるらしい。
先陣を切る戦車の側面装甲に当たった砲弾が複合装甲に弾かれ、凄まじい火花と金属音をあげた。
「4号車被弾!」
「どこから撃たれた!」
慌ただしい無線とともに戦車の砲塔のキューポラが回転して敵を探す。
「1時の方向、何かいます!」
立体交差の斜面から共和国軍の戦車が砲塔だけを覗かせている。
「シャイセ! 戦車が居やがる!」
「また来るぞ!」
敵戦車の主砲が瞬くと、徹甲弾が先頭の戦車のキャタピラ突き抜け、その中にある転輪を変形させた。
「こちら4号車、履帯に被弾した! 身動きが取れない。ハインツ、撃ち返せ!」
それでも4号車は砲塔を回し、敵戦車に照準を合わせる。
「煙幕を張れ!」
4号車が発砲すると同時に他の戦車が煙幕を張り、敵の狙いを妨害する。
「4号車を援護しろ。3号車、前に出る!」
代わって『03』と砲塔に書かれた戦車が前に出る。
「こちらコンドル、敵の正確な位置を指示せよ」
「3キロ先の立体交差だ。味方の戦車がやられた!」
「了解した。攻撃に入る」
戦闘機はすぐに翼を翻して先ほど砲煙のあがった地点の周りを旋回しはじめた。


狂鳥は機体を傾けて立体交差を睨みつけるが、偽装はかなり手が込んでいるようで、肉眼で見ただけではどこに敵がいるのかさえ見えない。
「まずはあたりをつける。サーマルで片っ端からマークして」
「了解。うわ、こりゃすごいな」
メインディスプレイに表示した赤外線映像を見たランクは舌を巻いた。そこには対戦車陣地の発する熱の痕跡がくっきりと映しだされている。
ご丁寧な事に対戦車陣地は立体交差の斜面に沿ってほぼ一直線に配置されている。
「とりあえず目に付くだけで戦車が6両、自走砲が10門くらいかな。さっき味方を撃ったのは先走ったヤツだけみたいだ」
ランクは手元のボタンを手早く操作し、赤外線映像を前席にも表示させた。
「これ一回で食えるかな……? まぁいい、掴まって」
狂鳥は機体を急旋回させ、対戦車陣地の防御線に沿って近づく。
「コンドル、ガンズ!」
狂鳥は安全装置を解除し、トリガーに掛けた人差し指に力を込めた。
胴体下に装備された37ミリ砲が瞬き、次々に砲弾を送り出す。
37ミリ砲弾が自走砲の側面装甲を貫き、内部の榴弾を誘爆させ、向かってくる王国軍を迎え撃つための火力が共和国軍の兵士たちに襲いかかった。
絶叫と轟音。そして炎が次々に上がる。
超音速で飛来する380グラムの徹甲弾は直撃はもちろん、すぐそばを掠めるだけでも人間という脆い標的相手には破壊的な威力を発揮した。


「すげぇな」
木立の影に隠れたランバート少佐は双眼鏡の中に映る光景に舌を巻いた。
あのFS-04が機銃掃射を始めた途端、炎のカーペットが広がり、次々に火柱や火球が生まれた。
時折曳光弾が火花とともに反射するのはおそらくコンクリートに弾かれたせいだろう。
「こちらコンドル、もう一度掃射する」
「あぁ……助かる」
ランバート少佐は生返事を返し、デジタル迷彩に塗られ、鋼鉄と火焔の雨を降らせる猛禽の翼に描かれた紋章が赤い星ではなく白い北極星であることに心から感謝した。
ゆるやかに再度旋回したFS-04の胴体下の砲口が再び瞬き、先ほどと同じように地上に死を振り撒く。
「あの飛び方……そうか!」
そのとき、彼女らの飛び方に見覚えがあった理由がわかった。
「少佐もあの飛び方に見覚えが?」
「あぁ、ワルシャワの時に世話になった」
「私もアフガンで聞いたことがあります。『飛んだあとには草一本生えない』と言われたコンドル隊です」
「コンドル……」
ランバート少佐は噛み締めるようにその名を繰り返す。
「しかし妙です、私が聞いた時には二機だったはずなのですが」
「こちらコンドル、掃射完了。待機します」
獲物に満足したのか、FS-04は満足げに高度を上げていった。
「こちらフント隊、航空支援に感謝する。これより前進を開始する。遅れるな!」
煙幕の中に隠れていた王国軍の戦車隊も前進を再開し、敵陣地への距離を詰める。
「ヤーデ6よりコンドル、お陰で助かった。支援に感謝する」
ランバート少佐も感謝の意を無線で伝える。
「よし、前進する! ミンスクには俺達が一番乗りだ! 全員乗り込め」
無線機をポケットに戻したランバート少佐はライフルを掲げ、生き残った部下たちに命令を下した。
「おぉー!」
部下たちも拳を天に突き上げて彼の呼びかけに応えると装甲車に乗り込む。
「これより敵防衛線を突破する。ヤーデ2、3、4続け!」
「ヤー!」
後続の装甲車もディーゼルエンジンの力強い音を響かせ、先陣を切る戦車隊を追いかけた。


王国 ホルツドルフ航空基地 201Y/5/8 13:11 作戦室


「もっと早く出来ないの、これ?」
狂鳥は不機嫌そうにライアーの腹に繋がれた燃料ホースを指差した。
「無理です中尉、燃料タンクが爆発します……ひっ」
燃料流量計から顔を上げた整備兵が彼女の形相にに気づいて凍りついたように固まる。
「あぁもう!」
基地に戻った狂鳥や他の機体はただちに燃料と弾薬の補給を受け、最低限の整備だけを行なって次の出撃に備えるはずだった。
狂鳥は一度トイレに行ったきりで、いつでも飛び立てるよう機体のそばで待っていた。
しかし、なかなか彼らの順番は回って来ず、ようやく燃料補給の順番が回ってきた頃には13時を回っていた。
「落ち着いてって。整備クルーにあたってもしょうがないじゃないか。はい君の分の燃料」
ランクは狂鳥をなだめながらサンドイッチを差し出す。
「……いらない。食べていいよ」
サンドイッチの具材を一瞥すると狂鳥は不快感をあらわにそれを拒絶した。
「でも、お腹空いてるって」
「スパム嫌いなの!」
「じゃあこっちの」
狂鳥は魚のフライを挟んだ方をひったくるように受け取ると、無言でそれに食らいつく。
「おいしい?」
彼女は最後の一口を飲み込むと小さく頷いた。
「作戦本部よりミンスク方面で作戦行動中の全機へ緊急警告!」
スイッチを入れたままの無線機から本部からの通信が入り、狂鳥もランクも顔を上げた。
「多数の装甲車両からなる部隊がミンスクへ移動中。先ほど偵察衛星が確認した。戦車80両以上を確認」
「今そんな数の戦車がなだれ込んだら味方がバラバラになるぞ!」
真っ先に食って掛かったのは鷲だった。ノイズ越しでも彼の気持ちは伝わってきた。
今先鋒がつぶされればミンスク攻略は初日から頓挫する。
「作戦本部、敵が地雷原に到達する時間の予想はつくか?」
「およそ1時間後だ」
その場にいた全員が時計に目を向けた。今から飛び立てばなんとか間に合う時間だ。
「ええ、まだこちらに……リーデル中尉、ライチェ少佐からです」
作業を監督していた整備長がインカムを外して狂鳥に渡した。
「私に? お待たせしました、リーデル中尉です」
『中尉、あなたの部隊は補給作業にどれくらいかかりそう?』
「燃料補給、完了しました!」
景気のいい声とともに高圧ホースがライアーの胴体から外され、整備兵がパネルを閉じる。
「今燃料補給が終わりました。いつでもいけます」
インカムを指で抑えたまま狂鳥は何度か頷く。
『では、大至急これから指定する座標へ飛んでください。ルクス隊が同行します』
「……復唱します、緯度54.264823、経度28.672256。はい、すぐに行きます」
大きく頷いてインカムを整備長に返すと、狂鳥はランクからスパムサンドイッチを取り上げた。
「ランク、行くよ」
「行くって、どこに?」
「狩りに決まってるじゃない!」


共和国 ミンスク近郊 201Y/5/8 10:14 1号線


ガラガラと騒がしい音を立て、アスファルトを踏みしめながら共和国軍第4戦車大隊はひたすら南西へ走っていた。
本来であればモスクワから鉄道でミンスク入りする予定だったが、王国軍に線路を破壊されたために直接ミンスクへ向かうことになった。
「あと一時間ほどでミンスクに到着します」
ファシストどもを震え上がらせてやる。空軍はちゃんと来るんだろうな?」
「そろそろミンスクから上空援護機が来るはずです」
「そうか。例の凄い奴だといいんだがな」
「第5レーダーサイトより報告、敵機がこちらへ接近! 機数5、ライアーです」
「市街地に入れば手出しはできないはずだ。前進し続けろ」
車列を守るように配置された自走対空砲が空を睨み、砲塔に据え付けられた電子の目が敵を捉えた。
「敵機を補足した。射撃用意」
「撃てっ!」


警告音がコックピットの中に鳴り響き、狂鳥は舌打ちした。
「レーダー警告! 少なくとも4基に狙われてる」
ECM全開、出し惜しみしたら殺す!」
警告音よりも恐ろしい声でランクに指示を飛ばし、狂鳥は操縦桿を傾ける。主翼下に合計12発の対戦車ミサイルをぶら下げた機体の反応は鈍く、忌々しいミサイル警告音やそばを掠める曳光弾とともに彼女の苛立ちを煽った。
「捉えた! ブリムストーン準備よし」
妨害電波の出力を最大に切り替えたランクはフレアーを放出して敵のミサイルを躱す。
「コンドル、ライフル!」
狂鳥は指先を素早く動かし、目標を切り替えながら発射ボタンを押す。
左右の翼にぶら下がった3連装のランチャーから対戦車ミサイルが飛び出し、次々に自走対空砲を叩き潰す。
「対空砲残り2」
「ルクス2よりコンドル、こいつは任せろ。ルクス2、ライフル!」
ルクス隊も攻撃を開始し、すぐに残りの自走対空砲を黙らせる。
「全機一旦離脱、地雷原まで泳がせる」
すべての対空兵器を破壊した狂鳥とルクス隊の四機は北西へと離脱する。


「敵機、離脱していきます」
「道路を離れて散開しろ。まとめてやられるぞ!」
戦車が散り散りになり、道路沿いの草地に次々に飛び出す。が、今度は二時間ほど前に出来た凹凸が彼らを阻んだ。
滑走路破壊用の二段式爆薬は地面をえぐり取り、優秀なサスペンションを持つ共和国軍の戦車も足を取られ、運のないものは身動きが取れなくなる。
「37号車擱座!」
「61号車、行動不能
「くそ、今度は何だ!」
怒号と悲鳴が周波数を埋め尽くす。
「穴です! 地面に無数の爆撃痕!」
「ちゃんと避けろ! スラローム走行くらい教練で習っただろうこのマヌ――」
叱責の声が途切れ、指揮車両が炎に包まれた。
「指揮車両がやられた!」
「地雷だ! 対戦車地雷!」
次に彼らを待ち受けていたのは磁気感応式の地雷だった。
「各車下がれ、地雷だ!」
不運な戦車は後退の際に地雷を踏み、底面を貫いた熱と金属片に"中身"をずたずたに引き裂かれた。
「クソッ、魔女のバアさんの呪いか!」
「作戦本部! こちら第4戦車大隊、大至急戦闘機を回してくれ!」
すべての自走対空を失った今、彼らの頭上を守るのは装甲板だけだ。
「こちら作戦本部、ミンスクの滑走路が制圧された。現在そちらに回せる航空機はない。各自臨機応変に善処せよ」
「敵戦車、進軍停止」
管制機が戦車部隊が止まった事を確認すると、五機のライアーは素早く反転し、戦車隊の背後に忍び寄った。
「全機、攻撃開始!」
狂鳥の命令とともに、身動きの取れなくなった戦車を五羽の猛禽が襲う。
爆弾、ミサイル、機関砲弾――おおよそFS-04に装備できるあらゆる種類の対地攻撃兵装が降り注ぎ、次々に戦車を葬っていく。
「くそったれ! 空軍は何をしているんだ!」
降り注ぐ砲弾と爆薬の中で、戦車兵たちは自らを守るべきだった者たちを呪った。


共和国 リヴィウ上空 201Y/5/08 12:42 NFX-26 263号機


父の死を悲しむ暇もなく、ミハイルは毎日のように出撃を重ねていた。
後席のシェスタコフ中尉は『残念です』と弔意を伝えたが、それ以外はいつもの様にミハイルに接した。
ミハイルも日常となった戦場に身を置いている方が気が楽だった。
レイピアならば数にまさる王国空軍の戦闘機とも、互角以上に渡り合える。ミンスクに戦力の大半を振り向けている今、がら空きの南方の戦域はミハイル達が王国軍を押しとどめていた。
「司令部からの通信です」
シェスタコフ中尉が通信を知らせるアイコンに気づき、人差し指でそれに
「司令部より263、ミハイル少佐、聞こえるか」
レイピア専用の周波数のお陰で明瞭に聞こえる。
「こちら263、感度良好。何か問題でも?」
「最高司令部より伝達、すべての作戦行動中のレイピアは帰投せよ。最優先命令だ」
「なに?」
「繰り返す、すべての作戦行動中のレイピアは帰投せよ」
「……了解した。263より各機、帰投するぞ」
「了解しました」
ミハイルが操縦桿を傾けると電子制御の怪鳥はすぐに翼を傾けた。三羽の怪鳥と、八機の無人機が彼の操縦するレイピアとともに北西へ進路をとった。
ミンスクの様子はわかるか?」
レイピアは高速機だが、移動の合間は退屈だ。ミハイルは座席に深く腰掛けると後席のシェスタコフ中尉に質問した。
「空港は2つとも破壊されたようです」
「そうか」
――持ちこたえてくれるといいが
十分予想できたこととはいえ、ミンスクを支える補給線のうちひとつが絶たれた。
「陸軍の増援部隊は到着したか?」
「少しお待ちください……えっ?」
メインパネルを操作するシェスタコフ中尉の指が止まった。
「どうした?」
ミハイルは怪訝そうに問いかけた。
「第4戦車大隊、壊滅です……」
震える声でシェスタコフ中尉が答える。
「なに?」
「いえ、壊滅……です。地雷と航空攻撃で半数以上が損傷、後退したとのことです」
「100両の戦車だぞ!」


共和国 クビンカ基地 201Y/5/08 17:13 54番格納庫 


基地に戻り、機体から降りたシェスタコフ中尉の足元がおぼつかなくなり、小柄な身体が傾いた。
「すみません少佐、ちょっと気分が……」
そう謝ったリリアの額には玉のような汗が浮かんでいる。
「大丈夫か?」
「えぇ、すみません。ちょっとめまいが……」
そのまま力が抜け、リリアはゆっくりと倒れる。
「同志中尉、リリア! しっかりしろ! 衛生兵!」
ミハイルは彼女の身体を抱きとめ、格納庫内に響くほど声を荒げた。


「過労とストレスですな。一晩ゆっくり休めば良くなるでしょう。栄養と休息が一番の薬ですよ」
軍医は診察の結果をミハイルに簡潔に報告した。
隣の部屋ではリリアが腕に点滴を繋がれ、穏やかな寝息を立てている。
「そうか、ありがとう」
軽く礼をするとミハイルは回転椅子から腰を上げる。
――俺はどちらに安堵しているんだ? リリアが無事なことにか? まだ戦えることにか?
「少佐」
「……なんだ?」
ドアノブに手をかけたミハイルを軍医が呼び止めた。
「あなたも十分休んでください。疲れは判断を鈍らせます」
「それが許されるなら、してるさ」
ミハイルは振り返ることなく廊下に出た。
ドアの閉まる音がやけに大きく廊下に響いた。
「サフォーノク少佐!」
「どうした?」
ミハイルが静かに答えると、下士官は駆け寄って敬礼し、伝言を伝えた。
「少佐、こちらにいらっしゃいましたか。大佐がお呼びです」
「すぐに行く」
ミハイルは呼びに来た下士官に続いて、廊下を歩いて行く。
ミハイルはドアをくぐった。下士官は一礼すると退室していった。
「お待たせして申し訳ありません。同志大佐」
「待っていたよ。ミハイル・アンドレイヴィチ・サフォーノク少佐」
レイピアによる作戦立案を任されている大佐は革張りの椅子から立ち上がり、ミハイルにも腰掛けるよう薦めた。
シェスタコフ中尉の件は先程聞いたよ。忠実な部下は大切にすることだ」
大佐はテーブルの箱から葉巻を一本取り出すと、ミハイルにも薦めた。
「一本どうだね、珍しいものだぞ」
「いえ、遠慮しておきます」
ミハイルはゆっくりと首を横に振った。
「そうか」
大佐は葉巻の端を切り落として香りを堪能すると、マッチで端に火を付けた。
「ウリヤノフスクは知っているか?」
一口吸ってから大佐は本題を切り出した。
「重航空巡洋艦のですか?」
航空巡洋艦――共和国では政治的理由から空母のことをそう呼ぶ。
「海軍のあのデカブツだ。次の作戦ではアレを使うことに決まった。君の隊が上空支援だ」
レイピアの航続距離と足の速さはすでにミハイル自身が実証している。それに加えてレイピアはステルス性をも備えている。攻撃にも防御にも有効に働くことは容易に想像がついた。
「海軍はバルト海で散々な目に遭わされたらしいが、今度は成功させるとクレムリンに啖呵を切ったそうだよ」
一瞬ミハイルの脳裏にあの忌々しい魔女の姿がちらつき、表情を曇らせた。
「我々も最善を尽くします」
魔女の姿を頭のなかから追い出し、ミハイルはいつもの自信に満ちた表情を取り戻した。
「期待しているよ。明日には正式な通達が来るだろう」


王国 王都 201Y/5/08 16:42 宮殿


「……なんだと?」
「すでに海軍が第3艦隊の出港準備を進めています」
ロンドンの宮殿でその報告を受けた国王は口元へ運ぼうとしたティーカップをソーサーに戻した。
モスクワの情報提供者からもたらされた情報は驚くべきものだった。
共和国海軍は動員可能なほぼすべての戦闘艦を動員し、ロンドンを攻撃する。
「ベルリンはなんと言っている?」
「万が一に備え、核シェルターに避難せよとのことです」
「ここに残る」
「は?」
国王の言葉に30年来付き添ってきた付き人も耳を疑った。
「ここに残る、と返信しろ。二度も言わせるな!」
「は、はい!」
叱咤の声に付き人は肩を震わせる。
「残るのは私だけでいい。娘たちは避難させるんだ」
「かしこまりました」
一礼した付き人は静かに部屋を後にする。国王はゆっくりと椅子から立ち上がり、夕日の中に浮かぶ市街地を見つめた。
「800万のロンドン市民を見捨てろだと? ベルリンの腑抜けめが」


王国 政都 201Y/5/08 16:50 総統府


「あの古狸め……」
「閣下、いかが致しましょう?」
閣下、と呼ばれた男は肩を震わせ、顔を真っ赤にしながら王都からの返信の印刷された紙をグシャリと握りつぶした。
「それで、海軍はなんと?」
「たとえ海軍がなくなっても敵艦隊はフェロー諸島の北東沖で阻止する、とのことです」
「決戦は北海か……」
第三代総統は壁に貼られた世界地図を静かに睨んだ。