セイレーン作戦(第30話)


炎の壁の切れ間から現れた敵機の大群と、突然発生したレーダーの不調で共和国外周艦隊は大混乱に陥っていた。
艦隊から離れたところを飛んでいたミハイルの機には異常は生じなかったが、艦隊から送信されるレーダー情報が抜け落ちているため艦隊上空の様子がわからない。
「防空システムが敵の電子攻撃によりダウンしています。このままでは外周艦隊を突破されます」
「まずいな」
ミハイルは眉をひそめ、スロットルに左手をかけた。ここから全速力で艦隊上空に戻れば敵機を阻止できるかもしれない。
だがそうすればロンドンへの飛行はできなくなり代替手段として自分がここにいる意義がなくなってしまう。
「第一小隊はどうした?」
「ミサイルを撃ち尽くして本国へ帰投しました」
「第二小隊は……聞くまでもないな」
第二小隊を表す信号もすでにヨーロッパ大陸の奥深くへと消えていた。

「こちら巡洋艦オチャーコフ、レーダーが効かない! どうなってるんだ」
「射撃管制が効かん、各艦目視で交戦せよ!」
何千もの砲弾がオレンジ色の光を放ちながら交錯するが、そのうち王国軍機に当たるものは殆ど無い。
共和国外周艦隊の火砲はてんでばらばらな方向に当たらない花火を打ち上げるだけになっていた。
「あの敵機を撃て!」
「了解!」
火器管制士官が主砲を手動操作に切り替え、手近な敵機に向けて手動照準で主砲を連射する。
130ミリの砲弾が続けざまに空を射るが、飛び抜けていく敵機はそれを気にする素振りもなく遠ざかっていく。
「敵機、射程外」
主砲の発射音と衝撃が途絶え、静寂が戻った。
「復旧はまだか!?」
射撃管制装置が元に戻ればミサイルを使って追撃できる。
艦長はコンソールに拳を叩きつけたとき、それまで暗転していた指揮所のディスプレイが次々に輝きを放ち始め、射撃管制システムが再起動した。
「射撃管制、オンラインになりました」
「よし、対空ミサイルを全部撃て!」
「ミサイル接近!」
レーダー士官の叫びを合図に、指揮所に"何か"が突っ込んできた。
艦長は自分の足元で動きを止めた"何か"の表面に書かれた文字を読み取る。
『Neo Universal Engineering』
船体との摩擦でかすれかけたロゴが爆弾の側面に描かれていた。
「あぁ、クソッ――」
艦長の声は爆発音によって途切れた。


巡洋艦の中央部で爆発が起こり、対空火器が沈黙する。
「シャドー3、敵巡洋艦を撃破」
「よっしゃ!」
誘導爆弾を投下したオイレのパイロットが歓声を上げる。
ライアーほど対地攻撃能力を重視された設計ではないが、オイレにも誘導爆弾程度なら搭載はできる。
大型艦には効果が薄いと判断され、"調達"の間に合った某社製の誘導爆弾は外周艦隊への攻撃に用いられた。
「レイヴン、敵艦隊のレーダーが再起動した、もう一発派手にやってくれ」
管制機から新たな指示が入り、レイヴンと呼ばれた電子戦機は電子の槍を再び敵艦に向けた。
「よし、焼いちまえ! 味方に当てるなよ」
今度は味方機を巻き込まないよう、ピンポイントで敵艦のレーダーを狙う。
「バァン!」
再び共和国艦隊のレーダーシステムに障害が生じ、十発ほど撃った所で共和国艦隊のミサイルランチャーは沈黙した。
ヴァンキッシャーの狭いコクピットにレーダー警告装置のアラート音が鳴る。
「やべぇ、見つかった!」
電子戦機の存在に気づいた共和国軍機がヴァンキッシャーに狙いを変えたのだ。
「デコイ展開!」
ヴァンキッシャーのチャフディスペンサーから金属片が放出され、パイロンから曳航デコイが繰り出される。
「全然振り切れてないじゃない!」
ミサイルを撃ち尽くしたのか、後ろについたジュラーヴリクは機関砲でこちらを狙ってくる。
後席の小さな窓のすぐ外を曳光弾が飛んでいくのが目に入った。
「よし、あれやるぞアレ! デコイ放棄だ」
「アレって何?」
戸惑いながらも電子戦オペーレーターは曳航デコイを切り離す。
僅か十数秒だけの任務を終えたミニ電子戦機が北海に可愛らしい水柱を残して沈む。
「リヒートオン! マックスパワー!」
困惑する電子戦オペーレーターをよそに、パイロットは上機嫌でスロットルを最大まで押し込んだ。燃料バルブが開き、オリンパスエンジンの排気に贅沢にジェット燃料が振りかけられる。
当然、超高温の空気に触れた燃料は爆発的な推進力を生み出し、ヴァンキッシャーを急激に加速させた。
「イヤーッホオオオウ! これがやりたかったんだ!」
パイロットは歓声を上げ、轟音を立てるエンジンと背中をシートに押し付けられる感覚に身を任せた。
爆発音にも似た衝撃音が鳴り響き、機体は音の壁を超えてなお加速していく。
もともと低空を超音速で飛行する核攻撃機として採用されたヴァンキッシャーだからできる芸当だ。
機体は更に加速し、追いすがるぐんぐん引き離していく。
「生きて帰ったら殺す! 絶対殺す!」
「こちらレイヴン、これより戦域を離脱する!」
ヴァンキッシャーは水柱を海面に残して空域を離脱していった。


共和国艦隊の火力が南と西に集中する中、北東に注意を払うものはほとんどいなかった。
事実、北東に位置して共和国艦隊の後部を突ける位置にあったルドルフ基地には戦闘機もパイロットもいなかった。
そう、基地には――
「偽装放棄」
烏の合図とともに電波吸収コーティングされた濃紺のタープが剥がれ、それまで何もなかったように見えた海面にゼーヴィント水上戦闘機が姿を現した。
その主翼にはミサイルも爆弾もなく、ただ黒い魚雷だけが吊るされている。
「いようし、御大層なおケツにぶちかましてやりますか!」
黒猫がスタータースイッチを入れると補助動力装置がゼーヴィントのタービンを回し、無数の小翼が冷たい空気を求めて回転を始めた。
「エンジン異常なし。そっちはどうだ?」
「問題ない。いけるぞ」
黒猫は左手を握り、親指を立てて準備が出来たことを烏に知らせる。
「よし、滑走開始」
「了解!」
スロットルを押しこむとゼーヴィントの補助インテークが開き、塩辛い空気を吸い始める。
エンジン音が高まり、紺色の機体が波をかき分けて加速を始めた。


内周攻撃隊は海面すれすれをかすめるように飛び、共和国艦隊の輪形陣の奥へと迫る。
「敵外周艦隊突破!」
「よし、もうすぐだ」
魔女は鷲の言葉に頷き、意識を前方に集中させた。レーダーはまだ敵艦の姿を捉えていない。
地球の丸みのせいで敵艦はまだ水平線の下だ。
「前方よりミサイル!」
警告音から、こちらに近づいてくるミサイルがレーダー波を発しないタイプだとわかる。敵艦への距離は十分にあるから近距離防空用の赤外線誘導でもない。鷲はその特性を持つ対空兵器を知っていた。
アウロラだ! ブレイク!」
鷲の右後ろにいた魔女が素早く機体を傾け、他の機体から距離を取った。
アウロラは突破したんじゃないのか!?」
「奴らまだ残してやがったんだ!」
炎の壁を展開するには足りなくとも、レーダーと進路を妨害することはできる。
「散開しろ、まとめて焼かれるぞ」
何本もの炎の柱が現れ、連続的な電子音が巨大なレーダー反応の出現を知らせた。
「だめだ、回避できない!」
目の前に現れた炎の柱に呑まれ、ライアーが燃えながら海面に没した。
「攻撃隊、残り13機」
管制官は既に損失機ではなく、残った機体を数えるようになっていた。
「エコー1、レーダーコンタクト、前方に大型の艦影2」
これまでのよりも遥かに大きな反射波から、それが敵の主力艦であることはすぐにわかった。
しかしレーダーは敵艦の位置を正確に把握できないのか、不規則にシンボルがずれ、ロックオンが安定しない。
「レーダーで敵艦を捕捉……ダメです、アウロラの影響でロックオンが効きません」
悔しそうな魔女の声が聞こえる。
「距離を詰めろ、ゼロ距離で撃ちこむ」
「エコー1、正気か!?」
鷲の一見やぶれかぶれに見える指示に味方機から驚きの声が上がった。
強力な対空火器を装備した敵艦に接近するなど自殺行為にも等しい。
「大丈夫だ、アウロラを背後にして接近すれば奴らはこっちを補足できない」
魔女は鷲の突飛な考えをすぐに理解した。
アウロラはレーダーノイズだけでなく、高熱も発する。つまり、あらゆるセンサー類を遮断する壁となる。
逆にこの壁の内側に入り込むと、背後に巨大なノイズと熱源があるため、相手はレーダーでも赤外線でもこちらを捉えることができない。
そして、彼女はその戦術を使ってレイピアを共同撃墜している。
「責任は俺が取る、ついてこい!」
鷲は機体を旋回させ、炎の柱を避ける。
――敵艦まで、あと50マイル。
「前方、敵巡洋艦!」
炎の柱の影からぬっと巡洋艦が姿を現した。お互いにアウロラを挟んでいたためレーダーで存在を知ることが出来なかったのだ。
こちらに気づいた敵巡洋艦の主砲がぎょろりと旋回し、続けざまに大口径砲弾を打ち上げる。
「回避しろ! ECMフルパワー」
妨害電波を出しながら編隊が二つに別れ、巡洋艦を迂回する。
魔女のすぐとなりを飛んでいたライアーが主砲の直撃を受けて粉々に砕けた。
「くぅっ!」
衝撃が機体を揺らし、魔女は海面をこすりかけた機体を立て直す。
「四番機がやられた!」
「攻撃隊、残り12機」
管制官が生き残った機体の数を数える。14機の攻撃隊のうちすでに2機が落とされている。
「尾翼が……駄目だ高度がもたない!」
「レーヴェ3! 引き起こせ!」
ミサイルに右の尾翼をもぎ取られたライアーのパイロットが高度を取り戻そうと必死に足掻くが、努力も虚しく海面に墜ちて水柱と化す。
「レーヴェ1、主翼に被弾した、すまない。離脱する」
機首を引き上昇して離脱しようとしたライアーがミサイルの直撃を受けて無数の破片を海に注いだ。
「くそ! レーヴェ1がやられた!」
背後から聞こえた爆発音に鷲は表情を険しくした。
「ヘクセ、今ので何機目だ」
「4機目です」
ひときわ低空を飛びながら魔女はこれまでに撃墜された味方の数を報告した。
「攻撃隊、残り10機」
――もう少し。
ネルケ2、エンジン火災発生! あとは任せたぞ」
黒煙を吹き上げながらまた一機、ライアーが編隊から離れていく。武装が投棄され、対艦ミサイルが風に吹かれるまま落ちてゆく。
「内周攻撃隊、残り9機」


「ヒャッハー! こいつはすげぇ!」
二機ののゼーヴィントは飛沫を上げながら海面を疾走する。
左右の主翼に装備された皇国製の魚雷は離水重量を上回る重量があったが、大きなフロートと2つのエンジンの生み出す推力はゼーヴィントを浮かび上がらせ、海上を疾走させるには十分だった。
「距離はどうだ?」
「あとちょいだ」
メインディスプレイに表示された数字を確認する。
「距離30マイル、射程内」
「っへへ、やってやるぜ! 投下!」
「いけ!」
4本の魚雷は何度か浮き沈みを繰り返して深度を安定させると、雑音まみれの海中で最も大きなスクリュー音を立てる目標に向かった。
「離水!」
「フロート投棄」
離水したゼーヴィントの腹とエンジンの下からフロートが切り離される。
すべての重荷から解き放たれたゼーヴィントは軽やかに舞い上がった。
「レーダー警告!」
共和国艦隊のレーダーはすぐにその反応を捉えた。レーダー警告装置が二機の操縦席にアラーム音を鳴らす。
「よし、後退するぞ」
二機は一息に急上昇して北東へ離脱していく。


駆逐艦『ヴェドゥーシチイ』のソナー手がその存在に気づいたのは既にそれが艦のすぐ横を通過したあとだった。
「高速スクリュー音! これは……魚雷です! 魚雷が艦隊内に!」
ソナー手の震える声が戦闘指揮所に響く。
「魚雷だと!? 対潜ヘリは何をやっていたんだ!」
「敵潜水艦の痕跡はありませんでした、突然ソナーに反応が……」
「魚雷はどっちへ進んでいった?」
「艦隊中央……旗艦と空母の方です!」
「それを先に言え! ソビエツキー・ソユーズとウリヤノフスクに連絡! 大至急だ!」
「こちら駆逐艦ヴェドゥーシチイ、ウリヤノフスクおよびソビエツキー・ソユーズへ、そちらへ向かう高速……を探……!」
至急報を知らせるトーン音がソビエツキー・ソユーズの指揮所に響いた。
「ヴェドゥーシチイ、もう一度繰り返せ」
「魚雷です! そちらへ向かっています!」
その単語が聞こえた途端、指揮所にいる全員が狼狽えた。十数隻の駆逐艦の警戒網をかいくぐって魚雷を発射されるなど思いもよらなかった。
「回避だ! 面舵いっぱい!」
「ダメです艦長、右舷にはアウロラが!」
――しまった。
右舷に舵を切ればアウロラの熱で電子機器が使い物にならなくなる。
そして左舷には空母ウリヤノフスクがいるため、いたずらにに左舷に舵を切れば自重数万トンの大型艦同士が激突する。
「ウリヤノフスク、緊急警告。魚雷接近。左舷へ回頭せよ。針路090」
「了解した、左舷回頭、針路090」
ウリヤノフスクの船尾に取り付けられた舵がゆっくりと回転し、巨大な船体が傾きながら左に曲がり始める。


攻撃隊が最後の炎の柱を避けると、水平線上に巨大な艦影が見えた。
炎の柱を避けながら近づいているうちに、いつの間にか目視距離にまで近づいていたのだ。
「目標、敵巡洋戦艦"ソビエツキー・ソユーズ"!」
もはや敵艦とこちらの間に遮るものはない。すぐにミサイルが発射可能になり、電子音のトーンが高くなった。
「了解!」
魔女は力強く答え、発射ボタンに指を掛けた。
アドラー、ブルーザー!」
「ヘクセ、ブルーザー!」
四本の矢はパイロンから正しく切り離され、ロケットモーターに点火した。
鷲の機体からも対艦ミサイルが放たれ、白煙をひきながら加速していく。
「行けっ!」
「喰らいやがれ! レーヴェ2、ブルーザー!」
総計36発のミサイルが二隻の巨体に吸い込まれるように近づく。
「いけいけいけ!」
攻撃隊の全員がミサイルの行方を見守った。


「ミサイル接近!」
ソビエツキー・ソユーズの戦闘指揮所に警告音が鳴り響き、脅威の接近を知らせた。
「迎撃いそげ!」
艦長の命令を受ける前に、艦の各所に設置された防空兵器は動き始めていた。
しかし、アウロラという巨大なノイズは照準精度と脅威度の判定を妨げ、30ミリ機関砲は何もない空間を引き裂く。
幸運にもミサイルを捉えることの出来た防空システムだけが30ミリ砲弾をばら撒く。
アウロラの影響で射撃管制が不調です、迎撃が間に合いません!」
いくつかのミサイルが着弾前に空中で爆発したが、ソビエツキー・ソユーズの右舷には12発の対艦ミサイルが命中し、衝撃が船体を幾度も揺さぶった。
「損害報告!」
断続的な衝撃が収まり、体勢を立て直した艦長はすぐに艦内電話に取り付いた。
ソビエツキー・ソユーズは他の多くの現代艦艇とは違い、重要区画には装甲が施されているから多少の被弾であれば戦闘は継続できる。
「艦首火災発生、主砲旋回不能
「艦橋の被害甚大、レーダーアンテナ使用不能!」
「こちら機関室、シャフトを一本やられました!」
ソビエツキー・ソユーズの艦尾に突き刺さったミサイルは操舵系統を引き裂き、スクリュー軸のうちの一本を歪ませた。
高速で回転するスクリュー軸が艦内を暴れ回り、内部設備を打ち壊してゆく。
「操舵系統が損傷しました!」
「手動に切替えて対応しろ」
艦長はそれよりも気がかりなことがあった。
「発射管はどうなっている?」
ソビエツキー・ソユーズの艦首に並ぶ垂直発射管には駆逐艦程度なら一発で葬れる大型ミサイルが装填されている。装甲に囲まれてはいるが、それが誘爆すればいくらソビエツキー・ソユーズといえど無事では済まない。
「現在消火班を向かわせていますが艦内の通路が破壊されているため迂回させています」
「急がせろ、あれが誘爆したらおしまいだぞ。おい、例の魚雷はどうなっている?」
艦長はソナー手を呼び出す。
「未だ接近中、あと20秒です!」
「全速で振り切れ!」
「ダメです、先ほどのミサイルで速力が低下しています。回避不能!」
スクリューシャフトの一本が破損し、ソビエツキー・ソユーズの速力は半分にまで落ちていた。
「魚雷接近、あと10秒!」
そう叫んだソナー手は鼓膜を守るためヘッドフォンを外す。
「衝撃に備えろ!」
魚雷は二隻の船底に潜りこみ、磁気センサーで金属の存在を検知すると炸薬を起爆させた。
艦底で続けざまに起こった爆発は二隻の乗員を揺さぶり、空母の竜骨をへし折った。
巨大な水柱が二隻の巨体を揺さぶり、甲板に滝のように水飛沫が降り注いぐ。
突き上げるような衝撃が収まると、ソビエツキー・ソユーズの艦内各所に警報が響いた。
「艦内各部で浸水発生!」
「機関室、状況はどうなっている」
「浸水が止まりません、もってあと数分です……うわぁっ!」
金属の潰れる音とともに機関室からの声は途切れた。
「ウリヤノフスクが! ウリヤノフスクが沈みます!」
ディスプレイには、真っ二つに割れる僚艦の姿が写っていた。


「うぉ、なんだ!」
目の前で起こった光景にパイロット達は目を疑った。
ミサイルを受けた後も敵艦は何かから逃げるように必死に舵を切っていた。
「まさか、魚雷……?」
魔女はその様子に見覚えがあった。実験と称して行われた皇国製魚雷の発射試験での貨物船の沈み方にそっくりだった。
ソビエツキー・ソユーズはなんとか直撃を免れたが、次第に船体は左に傾き始めていた。
ミサイルの直撃に耐える装甲板も、無防備な船底を突き上げる魚雷の水中爆発には無力だった。
「こちらエコー1、敵空母および巡洋戦艦に致命弾」
空母『ウリヤノフスク』は二つに別れ、甲板に残っていたジュラーヴリクやベルクトが滑り落ちていく。
「内周攻撃隊よりゴライアス、敵空母轟沈、繰り返す、敵空母轟沈!」
積んでいた弾薬に誘爆したのか、空母は大爆発を起こし、黒煙を吐きながら沈んでいく。
「敵巡洋戦艦の傾斜さらに増加、長くは持たないな」
生き残ったライアーのパイロットの一人が言った。
「ゴライアスより攻撃隊、作戦終了、帰投せよ」
「やったな……」
沈んでいく二隻を見届け、鷲は機体を旋回させて空域を離脱する。ライアーの翼が湿気た空気を押しつぶし、鋭い飛行機雲を描いた。
「北西でタンカーが待機している、燃料の少ない隊は申告せよ」
「ヘクセ、燃料は大丈夫か?」
「帰投には十分です」
大陸の基地へ戻る隊とは違い、鷲と魔女はグレートブリテン島の基地に降りるから燃料は十分に余裕がある。
「エコー1、燃料は十分ある。どこに戻ればいい」
「エコー隊はファーンバラ基地へ向かい待機せよ」
「了解した」
燃料補給に向かう他の機から離れ、鷲と魔女は南西へと進路をとった。


艦隊の南にいるミハイルの機からも、空母の起こした誘爆の煙は見えた。
救難信号を発信し続けたソビエツキー・ソユーズのレーダー反応が消える。
「ソビエツキー・ソユーズ、ウリヤノフスクの両艦共に沈黙しました。残存艦は……」
「代替手段だ」
シェスタコフ中尉の言葉が終わる前にミハイルは決断していた。
どのみち指揮系統は完全に崩壊しているし、空母からの上空援護もない。艦隊の崩壊は不可避だ。
「はい」
プランBを実行した場合は北海に潜入した潜水艦が拾ってくれる手はずになっている。
「99をマッドドッグに切り替えろ、時間を稼がせる」
「わかりました。全機マッドドッグモード、目標、敵艦隊」
怪鳥を護衛していたMQ-99が離れ、降下していく。
ミハイルは進路を南西に向け、スロットルを押し込んだ。
機体は重い核爆弾を積んでいるとは思えないほど軽やかに加速を始めた。