ドッグファイト(第3話)

「終わりましたァ!」
「あ、おれも」
「ん、見して」
ほぼ同時に俺と大山はテストを解き終わり、解答用紙を土井さんに渡した。
ちなみに永田先輩の言った通り『この動物の名前を答えよ』という飛行機や部活と全く関係のない問題が出題された。
設問のイラストはどう見ても犬だったが、何となく尻尾が膨らんで見えたので『キツネ』と答えた。
ちなみにこの問題、配点が25点という一番配点の高い問題だった。
土井さんは模範解答と俺の回答をつき合わせて採点していく。
「坂戸、80点。操縦系がちょっと怪しいな」
解答用紙を受け取ると、土井さんと十条さんの出題した問題で二つずつ答えを外していた。
「はぁーよかった」
100点満点のうち25点が例の犬にしか見えないキツネの問題だから、それは正解したということになる。
「大山、70点。最後の問題で単位にメートルがついてない。あとこれはキツネだ」
「えぇーっ!?」
頭を抱える大山。
「お前、あの問題なんて答えた?」
「タヌキだろ」
「俺は最初犬かと思ったけどキツネって答えた。土井さんにはなんに見えますか? これ」
「アライグマ」
確かに、頭だけを見るとアライグマに見えなくもない。
「お待たせー、差し入れにジュース買ってきたよー……お? どう? 土井さん、今年の一年は」
解答用紙の前で男子三人が頭を抱えていると、コンビニの袋を抱えた永田先輩が部室の扉を開けた。
「まずまずってとこだな。あとこれはどう見てもアライグマだろ」
「えー? やだなぁ土井さん。坂戸くんはちゃんとキツネって答えてるじゃん」
俺の解答欄を指さし、得意げな表情をする永田先輩。
「一度『犬』って書いて消したあとが見えるぞ」
土井さんの鋭いツッコミ。
「まぁ、テストはマニュアル読んでもらうためのものだから、ね?」
十条さんの鶴の一声でその場は収まり、
「さて、今日は紅白戦をやるよ」
「よしキタっ!」
永田先輩は目を輝かせ、ガッツポーズまでして喜ぶ。
「坂戸くんは私の後ろ、大山くんは永田ちゃんの後ろね」
「あの、十条さん」
「紅白戦って、どこでやるんですか?」
まさか今から所沢まで行くのだろうか。
「ん? 屋上だよ?」
十条さんは天井を指差す。
「屋上? ここのですか?」
「いや、大学」
まさか、大学のキャンパスには滑走路まであるのか。
「いや、正確には空母……かな?」
「空母って、あのヒコーキがいっぱい甲板に並んでるやつ?」
いつだったか大山が学校で読んでいた軍事雑誌に乗っていた海軍の空母の姿を思い出す。
「ま、並ぶって言うほどうちに機体はないけどね」
自嘲気味に永田先輩が付け加えた。



「すげぇ、本当に空母だ!」
階段を登った大山が周りを見渡す。
「うおぉ!?」
大きな建物だと思っていたが、実際に来てみると驚くほど広かった。
端から端まで100メートル、いやそれ以上あるだろうか、左右の幅も20メートルはありそうだ。
「これが大学の17号館、そして私たちの滑走路」
「本当だ!」
大山の指差す先には永田先輩の言ったとおり本物の滑走路のように白線が引かれている。
「全長150メートル、幅は30メートル。ちょうど護衛空母と同じくらいの面積だな」
階段を登ってきた土井さんが肩にかけていた荷物を下ろした。
「ってことはもしかしてあそこにあるの、防護ネットですか?」
大山は緑色のネットを指差す。
「正解。ただしあれ使ったら機体が傷つくから一回1万円の罰金ね」
永田先輩はしれっととんでもない金額を口にした。高校生にとっては大金だ。
「い、いちまんえん……」
そのインパクトに大山がたじろぐ。
「大丈夫大丈夫、男の子ならドカチン一日やれば稼げるから」
「うちの工場でもいいぞ」
土井さんも名乗りをあげる。
「土井さんの工場?」
「あぁ、倉間金属って金属加工とかやってるんだ」
「通称くらま鉄工所。うちも補充部品とかをお願いしてるの」
「どんなのを作ってるんですか?」
大山は何か気になったのか、更に質問を重ねる。
「デカイのだと昔は爆撃機のカウリングとか爆弾架とか作ってたらしい。最近は精密機器とか医療機器用の加工が多いな。そうそう、ちょっと前までは猟銃のライセンス生産もしてた」
「猟銃まで……」
もはや金属ならなんでもいいのだろうか。
「あぁ、頑丈で信頼出来るってんで中古品も人気で『新品を買ってくれ』って親父が酒飲むたびにうるさいんだ」



「よっこらせっと」
土井さんが屋上の倉庫から頑丈そうなプラスチックケースを取り出す。
「それ、中身なんですか?」
「ペイント弾」
ペイント弾は空戦競技部に欠かせない消耗品の一つで、中には高性能センサーと高度計、そして水性塗料が詰まっている。
「そんなに厳重に扱うんですか?」
「あぁ、日光に弱いからな」
土井さんはプラスチックケースの鍵を開け、黒い筒をケースの中から取り出して端や突起部分を点検すると、今度は牛乳パックのような容器を取り出して俺に見せてくれた。
「こっちがマガジンで、ペイント弾がこれ」
「意外と軽いんですね」
牛乳パックのようなパッケージには『12.7mm(cal.50)Standard Paintball』と書かれている。
「それで500発入りだ。いくらだと思う?」
「1500円くらいですか?」
「これな、一本五千円」
「ひょえぇ!?」
値段のインパクトに思わずパッケージを取り落としそうになった。なんとか体勢を立て直し、土井さんに返す。
「無駄撃ちしたり潰したら一発50円の罰金な」
土井さんは笑いながらパッケージを開け、じょうごのような部品をマガジンにつないでペイント弾を2パック分流し込む。最後に何かのロックを解除するとペイント弾の詰まったマガジンを俺に手渡した。
「永田んとこに持ってっといて」
大山と一緒に機体を点検している永田先輩を顎で指した。
「はい」
ペイント弾の詰まったマガジンは思ったより重い。一升瓶くらいの重さはあるだろうか。
「永田先輩、土井さんがこれをもってけって」
「お、きたきた」
マガジンを受け取った永田先輩はそれを取り付けにかかった。
この間操縦席にあった黒い筒はどうやらこのマガジンだったらしく、永田先輩はもとからついていた方のマガジンを取り出して俺に手渡した。
マガジンを抱えたまま永田先輩の指示を待っていると、土井さんがもう一本装填の終わったマガジンを持ってやってきた。
「さて、今日はいくら溶けるかな」
「大丈夫、春休み必死にバイトしたから今ならSRFだってバリバリ撃てちゃうよ」
SRFの意味はわからなかったが、ペイント弾かマガジンのどちらかに関係する部品の名前なことは文脈から伝わってきた。
「お、十条さん来た!」
モーター音のする方に目を向けると、風防を上げたゼロセブンに乗った十条さんが手を振りながらやってくるところだった。



両方の機体の準備が終わると、全員に集合がかかった。
「さて、部室でも言ったとおり今日は紅白戦の練習をやります。まず機体は私が850、永田ちゃんはゼロセブン」
十条さんがホワイトボードに書かれた表記を指差す。
「え、十条さん、わたしがゼロセブンに乗っちゃっていいんですか?」
「今日の搭乗割りは永田ちゃんにゼロセブンの機体特性を知ってもらうため。土井さんは悪いんだけど地上支援ね」
「ん、了解です」
「あの、十条さん」
「僕達は何をすれば……?」
俺がおずおずを手を挙げようとすると、先に大山が口を開いた。
「ん? あぁ! ごめんごめん。二人は後席に乗って空戦がどんな感じか知ってもらうよ」
ちょっと考え込んでから十条さんは思い出したように手を叩いた。
「じゃあ紗季先輩、体験搭乗のときと逆でいいですか?」
「そうね、坂戸くんは私の後ろ、大山くんは永田ちゃんの後ろね」


数分後、機体にショックコードとワイヤーが取りつけられ、十条さんがキャノピーを閉じる。
「前席ロック」
「後席……ロックしました」
キャノピーのロックレバーをロック位置に倒したことを十条さんに伝える。
「ロック、だけでいいよ。長いし」
プルバック開始」
無線越しに土井さんがそうコールすると機体がガクンと揺れ、後退を始める。機体のテールにつながったワイヤーをウインチで巻き取り、ちょうどパチンコで手前に向かって引いている状態だ。
「850、複座、ショックコード発航」
「行くよ、坂戸くん」
モーターの音が甲高くなる。
「はい!」
十条さんがスロットルレバーの横にあるノブを引くとショックコードの弾性で機体が一気に加速し、背中をシートに押し付けられる。
街の景色を見下ろしながら機体はどんどん上昇を続ける。
「850、第一旋回。ギアアップ」
「850離陸確認」
土井さんとのやり取りのあと、機体は左旋回しながら上昇していく。
「どう、上から見ると結構いい景色でしょ?」
何かのクランクを回しながら十条さんがこちらを振り返った。
「なんというか、凄いですね……」
所沢と違って緑は少ないが、遠くの高層ビル街もはっきりと見える。
「でしょ?」
クランクを回し終えた十条さんは満足げに笑ってハンドルを畳む。
「850、第二旋回」
もう一度機体を左旋回させると、十条さんはこちらを振り向いた。
「じゃ、操縦してもらおうかな」
「えっ、あの」
「大丈夫、危なくなったらすぐ私が操縦するから」
「はい……」
「じゃあまずはピッチ、操縦桿をゆっくり手前に引いて」
離さないようぎゅっと握った操縦桿を手前に引く。
「はいオーケー。一旦水平に戻すね。次は前に倒してみて」
言われたとおり操縦桿を倒すと、すっと機体が下を向く。
「うわ、わ」
地面が視界いっぱいに広がるこの光景は、やっぱり心臓に悪い。
「はい、戻すよー」
十条さんが機体を立て直し、俺は深呼吸して心を落ち着ける。
「次はロール……の前に一度旋回させるね」
十条さんは機体を大きく傾けて右旋回させる。
「次は操縦桿を左に」
言われたとおり操縦桿を倒すと、すっと機体が左に傾いて左にずれ始める。
「はいオーケー。一旦水平に戻すね。次は右」
十条さんが操縦桿を握り、機体の姿勢と針路を元に戻す。
左に傾けた時と同じように機体は右斜め下にずれるように滑る。
「うん、いいね。最後はラダーをやってみようか。ペダルに足は届いてる?」
「届いてます」
「まず左から、ゆっくり踏み込んでみて」
左のペダルを踏み込むにつれ、機体の向いている方向が左にずれる。
「離して」
「うわっ!?」
これまでの舵は離しても十条さんが触るまで機体の姿勢は変わらなかったが、ラダーだけはすぐに進行方向に向き直った。
「不思議でしょ。右もやってみて」
「やってみます」
右のペダルを踏んだ時もさっきと同じように足を離した瞬間に機体の向きが元に戻り始める。
「ラダーはずっと踏んでれば左右に機首を振れるけど、ちょっと踏んだだけだと一時的に向きを変えるだけで進む向きは曲がらないの」
「うーん?」
いまいち十条さんの言いたいことがわからず、首を傾げる。
「自転車とかバイクも、曲がるときはハンドルを曲げるだけじゃなくて体を傾けるでしょ? あれと同じ」
「ゼロセブン、複座、ショックコード発航」
俺がひと通り舵の動かし方を練習し終わる頃、ノイズ混じりに永田先輩の声が聞こえた。下を見下ろすと、もう一機のLUPが俺達と同じように屋上から打ち出されるところだった。
「永田ちゃんがこの高度に上がってくるまでもう少しかかるから、もう一度舵の使い方を練習してみて」


「じゃあ行きますよ、沙季先輩」
「どうぞ」
永田先輩の乗ったゼロセブンとすれ違うと、すぐに十条さんは手前右に操縦桿を引いて期待を斜め上に旋回させながら上昇させる。
永田先輩のゼロセブンはそのまま高度を保って旋回する。
「レディ、ファイッ!」
無線越しの土井さんの合図で2機のダンスが始まった。
二回目にすれ違った時、十条さんは一瞬だけトリガーを引くとその後は最初と同じように斜め上に旋回しながら上昇する。
ゼロセブンはくいっと急旋回し、こちらに向けてペイント弾を撃ってくる。
「ダイブするよ、しっかり掴まって」
十条さんは一気に操縦桿を押し込む。
「うわっ!?」
さっきまで青空だった目の前の景色が灰色と緑の町並みに変わり、投げ出されるような感覚と共に速度計の表示がどんどん増えていく。
「うわ、わ……」
地面が視界いっぱいに広がり、ぶつかるんじゃないかという恐怖が心の中に広がる。
「大丈夫、落ち着いて。まだ5000だから」
「ご、ごせん?」
機体はがたがたと震え、風切り音がごうごうと聞こえる。
操縦席のすぐそばをオレンジ色の塊が通り過ぎる。
「な、何か鳴ってますよ?」
「気にし、ない!」
甲高い警告音と共にモーターの音が低くなる。十条さんは更にスロットルレバーを押しこみ、操縦桿を少し倒す。
機体の左側に投げ出されるような感覚。再びモーター音が大きくなる。
「おわわわわ!?」
「うるさい!」
高度計の針がすごい勢いで反時計回りに回っている。表示が3000を切った所で十条さんは操縦桿を引いた。
今度は座席に押し付けられ、声を出すことも出来ない。というより、今度なにか喋ったら十条さんが本気で怒りそうなので何も言えない。
十条さんは時折後ろを振り向くが、俺ではなくさらにもっと後ろに意識を向けている。
「やっぱりリヒートのあるあっちのほうが速い……坂戸くん!」
「は、はい!」
「真後ろにつかれたらすぐに言って」
「わかりました」
後ろを振り返ると、翼の端を赤く塗ったゼロセブンが上昇してこちらを追ってくるのが見えた。
「真後ろです!」
十条さんは小さく頷き、モーターの回転数を落として機体を鋭く旋回させた。
「くぅっ……」
真後ろに見えていたゼロセブンの位置がどんどん上にずれていき、真上に、そしてついに目の前になる。
こちらの機首から撃ち出されたペイント弾がゼロセブンの尾翼をかすめる。
僅かに左右に翼を振ってかわしていたゼロセブンがふっと視界からかき消える。
「消えた!?」
「違う、逃げただけ」
十条さんは周囲を見渡してゼロセブンの姿を探す。
「いた、二時方向」
十条さんが機体を僅かに右旋回させると、逃げるように加速していくゼロセブンの後ろ姿が見えた。
「逃げられちゃいますよ」
「大丈夫、すぐ息切れする」
十条さんの言ったとおり、こちらを引き離していたゼロセブンとの距離が変わらなくなった。
「ほらね」
振り切れないと悟ったのか、ゼロセブンはぐっと機首を引き起こす。機体の角度はどんどん増え、ついに垂直になる。
「宙返り……違う、これは……」
そのまま引き起こしを続けたゼロセブンは宙返りの頂点で姿勢を水平に戻し、こちらに機首を向ける。
「インメルマン・ターン!」
十条さんがそう叫んだ瞬間、ペイント弾が機体を叩き、ゼロセブンと俺の乗った機体がすれ違う。
「土井さん、判定は?」
「850、右翼にクリティカルヒット
少しノイズの乗ったスピーカーから土井さんの冷静な声が流れる。
「キルじゃないのね?」
「クリティカルです」
確かめるように頷くと、十条さんは機体を垂直に傾ける
「よしっ!」
十条さんは操縦桿を目一杯引いて、ゼロセブンの背後を取る。
こちらを落としたつもりでいたのか、悠々とまっすぐ飛んでいたゼロセブンは慌てて旋回で逃げようとするが、こちらの近づくほうが早い。
僅かな反動とともにペイント弾の一群がゼロセブンに襲いかかり、マゼンタピンクの花が白い機体に次々に咲く。
「ゼロセブン、キル。試合終了」
結局、十条さんがトリガーを引いたのはたった二回だった。
「ゼロセブン、先に着陸します」
試合前とは打って変わって低いトーンの永田先輩の声。今日の訓練が模擬戦だと知ったときはあんなに楽しそうだったのに。
「ちょっとやられすぎちゃったかな?」
十条さんは自省するように呟く。
「やられすぎちゃった……?」
やりすぎちゃった、なら分かる。でもどうして『やられすぎちゃった』になるんだ?
「ボコボコにしてもよかったんだけど、あの子ゼロセブンは不慣れだしこれくらいハンデあげないとね」
――もしかして、十条さんは手加減してわざと永田先輩に撃たれた……?
「え、それって……」
「ゼロセブンを収容しました。ランウェイクリア」
答えを聞き出す前に地上の土井さんから無線が入った。
「了解、850着陸します。ギアダウン」
機体を旋回させ、大学の建物と機体の進路が重なると十条さんはロックレバーを解除して脚が降ろす。
「850、パス角が高すぎます」
「850、ゴーアラウンド
十条さんは再びスロットルを入れて機体を上昇させる
「坂戸くん、ちょっと揺れるよ」
「大丈夫です」
飛行中はさんざん揺らされていたから、今さらちょっとやそっとの揺れでは動じない。
と、思った次の瞬間、天地が逆になった。
「うわぁぁっ!?」
「やっぱりこれやらなきゃね」
機体を水平に戻した十条さんの声は楽しそうだった。



「フックダウン」
もう一度大きく一周して"空母"を正面に捉えた機体はゆっくりと降下していく。"空母"の上にはいつの間にか緑色のネットが張られていた。
「よっ……っと」
接地してすぐに減速が始まり、驚くほど短い距離で機体は停止した。
「ふぅ……着艦成功、っと。キャノピー開けるよ」
「はい」
ロックを解除し、透明部分に触らないようフレームについたハンドルを握ってキャノピーを開く。
「あぁー気持ちよかった!」
機体から降りた十条さんは髪をまとめていたゴムをほどく。長い黒髪が風に吹かれてふわふわと揺れた。
「お疲れ様です。見事なビクトリーロールでした」
土井さんが機体に駆け寄ってきた。
「永田ちゃんは?」
「泣きながらゼロセブン拭いてます」
土井さんが指差した先では大山と永田先輩がゼロセブンについたペイント弾の跡を拭きとっていた。
「どうだ坂戸、初めてのドッグファイトは」
土井さんは俺に目を向けて質問してきた。
「なんか、凄いっていうか、えぇと……上手く言葉にできないです」
「はは、そんなもんだよな」
土井さんは苦笑しながら機体の後部にまわり、何かの部品のロックを解除した。
「アレスティングフック、外しました」
「じゃ、いったん機体を引っ込めるよ。そーれっ!」
十条さんと土井さん、そして俺の三人で機体を押す。


ゼロセブンの隣に機体を押し込むと、沈んだ面持ちでバケツを持った永田先輩がこちらへ近づいてきた。
「負けた方は勝った方の機体も拭くんだ」
永田先輩に聞こえないよう、土井さんが小声で説明してくれた。
「手伝った方がいい……ですよね?」
「あぁ、ポイント稼いどけ」
土井さんはそう言って俺の背中を押した。
「手伝います」
「……ありがとう」
永田先輩は予想以上に落ち込んでいた。
「落としたと思ったのに」
「まぁ、そういうこともありますよ」
とりあえず、これ以上永田先輩が傷つかないよう慎重に選んだ言葉をかける。
「照準線もバッチリ重なってたのに!」
機体を叩こうとした永田先輩は翼に拳が当たる直前に思い出したように手を止めた。
「あの、えーっと……」
「あの距離、あの角度で撃ちこんだら撃墜確実だったのに!」
「まだまだね、永田ちゃん」
「紗季先輩……」
永田先輩の表情がバツの悪そうな顔に変わった。
「永田ちゃん、トリガーをずっと引いてたでしょ」
「引いてましたけど……」
十条さんから顔をそらしてふてくされる永田先輩。
「ゼロセブンに装備されてるPMG17の発射方式は何だったっけ?」
「圧縮CO2ガス」
「そのCO2ガスは何から供給されるの?」
「……っ! ボンベです」
二つ目の質問に答えた永田先輩がはっと顔を上げる。
「撃ってるとチャンバーのガスが減って弾道がしょんべん弾になるって、前にも言ったよね」
「はい……」
「そういうところもちゃんと考えて撃たないと肝心なときに撃てなくなるんだからね?」
「気をつけます……」
しゅんとする永田先輩。トレードマークのポニーテールもしょげているように見えた。